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2日ぶりの温かいお風呂は控えめに言ってもサイコーだった。
「湯加減いかがですか、陛下」
私の侍女長を担当しているライラという女性が花が入ったカゴを手に浴室に入ってくる。
カゴの中の花は色とりどりですごくいい匂いがする。
「これ、さっきの子どもたちがくれた花束の……?」
私が湯船から身を乗り出してカゴの中の花をみると、ライレはニコリと笑ってそうですよ、と答えた。
ライレはカゴの中の花を少しずつ湯船に入れる。
乳白色色のお湯が花によってカラフルに色づいていく。
城下町に入ったときはあまりの歓声に圧巻されて、正直腰を抜かしそうだった。
地球で見たことある、車の中から有名人が手を振るみたいな、あんな経験をまさか自分がすることになるとは。
そんな中数人の子どもたちが花束を渡そうとしてくれたのだか、直接受け取ってはいけないとレイに止められ、私も緊張のあまりどうしていいか分からず、ちゃんとお礼も言えなかったのだ。
(悪いことしちゃったな)
湯船に浮かぶ花をいじりながら、申し訳ない気持ちになる。
「こうして陛下が楽しんでいただけたのであれば、あの子達も喜びます」
ライレは手桶で泡を立てながら、頭をこちらに向けていただけますかと淡々と自分の仕事の準備をしている。
私が湯船の淵に頭を預けると、ライレは優しく私の髪にお湯をかけた。
そのままゆっくりと私の髪に泡を乗せ、丁寧に洗ってくれる。
「気持ちー」
「喜んでいただけたようで嬉しいです。お体の方も任せていただければよかったのに……」
「いや、それはだめ」
遠慮なさらずとも、としょんぼりしているライレの胸元をみる。
「まだ自尊心を失いたくないし」
そう言って自分の体をみる。その差に心が折れそうある。
(でもあまり大きいと肩凝るっていうし)
そう自分に言い訳すると、髪を洗い終わったライレがそろそろお時間ですので、と私に浴槽から出るように促す。
楽園のような時間は終わりということだ。
ちぇー、と少し拗ねながら浴槽横のバスローブを手に取り、ささっとそれを羽織った。
ライレは私を何かの陣の中に入れるとパキっと魔法石を折る。
すると今まで濡れていた体と髪があっという間に渇いた。
(相変わらず便利だな)
私はライレに手渡されたインナーに着替える。
ライレはその間にせっせと何かを準備しているようだった。
コンコンコンとドアをノックされ、ドアの外から陛下、とローリエの声がする。
ライレが扉をあけると、ローリエは両手に何やら布の塊を抱えていた。
ライレはローリエから大量の布を受け取ると、一着づつハンガーに通して壁にかけていく。
ハンガーに通され、布の形がわかると、それのどれもがドレスのようだ。
「陛下は細身だからドレスもストレートのラインがいいと思うんだけど」
「そうですね、マントもつけますしAラインやプリンセスラインは今回は避けましょう」
着る本人を放っておいてライレとローリエはすっかり話し込んでしまっている。
(人生でドレスなんて着るのは結婚式ぐらいだと思ってた)
ぼーっと壁に並ぶドレスを見ていると、どうやら二人の中で決着がついたらしく、ライレは一着の紺色のドレスを手に取ると、こちらへ、と私を自室へと誘導する。
浴室から隣接しているあ私の自室には私が3人寝ても余裕があるような大きな天蓋つきのベッドがあり、ベッドと同じぐらいふかふかのソフア、高そうなクローゼット、絨毯が敷かれている。
気持ちとしてはもうベッドに横になって寝てしまいたいところだけれど、二人から感じる熱量といい、もう寝させて欲しいとは言えない空気だ。
寝室を通って、大きな姿鏡とドレッサーの置かれた部屋に通される。
ライレは手に持っていたドレスをクローゼットにかけ、部屋のチェストからジュエリーを何点か取り出した。
そのジュエリーを私の顔に近づけたりしながら何やらまた二人は真剣に話しこみ始めた。
「ねぇ、何をそんなに真剣になっているの……?」
恐る恐る私が二人にそう尋ねると、ローリエはニコリと笑った。
「この後9貴族達に陛下のお披露目会ですので、しっかり着飾っていただかないと」
どうやら今夜は長そうである。