プロローグ
はじめましての方は初めまして。以前お目にかかった方はお久しぶりです。
唐突に人外美少女の物語が書きたくなったので書きました。
魔法のあるモン○ン世界のイメージで大体大丈夫だと思います。
深く暗い微睡みの闇を抜けると異世界だった。
蒼と菫、色の異なる大小二つの月が満天の星空に浮かび、それを遮るように翼を持つ蜥蜴が夜空を飛んでいる。
鼻孔を満たすのは濃厚な緑の香り。耳には木々と獣のざわめきが届いている。文明の息吹が感じられない、雄大で冷徹な自然に囲まれていた。
「(俺は……そうだ、あの時……)」
震える己の肩を両腕で押さえ付ける。
最期の記憶は、山奥にある古びた神社のお堂、その天井だった。
趣味のハイキングで独り山に入り、滑落して怪我をし遭難。通信端末は壊れ、実家を出て都会で一人暮らしをしていた故に誰も気付かず、捜索が行われないまま怪我が原因で死んでしまった。
徐々に熱が抜けていく感覚を、確かに覚えている。
恐怖だった。何も出来ず、ただ冷えきって意識が途切れる瞬間を待つだけの余生。
最初は足掻いた。自力で治療し、助けを呼ぼうとした。
やがて諦め、嘆いた。読み残した本や積みゲーの事。彼女は出来ず童貞のまま。予約した品物が届くのは今日だった……と。
最後に感謝した。産み育ててくれた両親や、これまで関わってきた人々。平凡で、何も成さなかったが、確かに幸せだった。
それらの思いと連絡先をルーズリーフに書き込み、達成感と共に目を閉じた。
死にたくないなぁ……と、涙を流しながら。
「(死んだ……はずだ。でも)」
自分は生きている。
バクバクと早鐘を打つ心臓。温もりのある肌。
しかし、180センチ近い痩身の青年の物ではなく、抱かれれば折れてしまいそうな細く弱々しい子供の身体だった。
転生か、憑依か。判断はつかないが、確かに己がこの世界に息づいている事は解る。
「(俺は、生きてる。死んだけど、今、生きてるんだ)」
徐々に震えは収まってきた。
最期を受け止め、今と向き合おうと気持ちを奮い起こす。
「……向き合わ……なきゃいけないよな……うん」
まるで鈴虫のような涼やかな声。
内股になって地面にへたり込んでも異物感のない股間。
手足は雪のような産毛の生えた甲殻に覆われ、肌は青白く血の気がない。視界を遮る髪は上質の絹のように白く滑らかで、闇夜を見通す目は黒く、真紅の虹彩が月光を受けて妖しく輝いている。
「……TS人外転生って奴か……ははっ、は、は……はぁ……」
さらば息子よ。
涙が一筋、頬を流れた。
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青年が彼女になって、暫しの時が流れた。
彼女が身を寄せたのは、目覚めた所から少し歩いた所にある石の廃墟だった。かつては砦としての役割を果たしていたのであろう建築物群は、永い時の流れによって殆どが森に飲まれ崩壊していたが、司令室だったであろう地下の部屋はその堅牢さ故に無事で、朽ちかけてはいたが資料や物資が残っていたのは幸いだった。
ミリタリー萌えアニメを切っ掛けにミリタリー沼に足を突っ込み、登山やキャンプ萌えアニメを切っ掛けにハイキングやソロキャンプをするようになった彼女にとって、異世界にひのきの棒や布の服すらない状態で放り出されて始まったサバイバルは辛く厳しいものだったが、知識や技術を実践でき楽しくもあった。
軍旗とおぼしきボロボロの布を裂いたり結んだりして和服擬きを拵えて身に纏い、表面が酸化した両刃の片手剣を石に擦り付けて錆を落とし、鞘を紐で腰にくくりつける。
食料は他の動物が食べた跡のある木の実か、それらを餌に簡易な罠を仕掛けて捕らえた小動物を捌き、砦内で拾った火打石で中庭に火を起こして焼いて食べた。
水は朝露を集めたり、拾った鉄兜に雨水を貯めたりしたものを煮沸して使った。水場を探そうとしたこともあったが、初日の空飛ぶ蜥蜴から今日まで度々見かける大小様々なモンスターを恐れ、探索は控えていた。
「(運が良かったよな……この廃墟にはモンスターは来ないみたいだし、もしここにたどり着けてなかったら全裸で密林を徘徊する原始人スタイルであっという間に連中の胃の中だったな)」
人外の身体は、異様に眼が良く気配等に敏感な他は人間の少女と大差なく貧弱で、食事も人間と同様の雑食で排泄も変わらない。後ろはともかく前は以前と違って何も無いため最初は苦戦したが、やがて慣れた。
「さてと……今日はどうするか……」
ぱちぱちと燃える焚き火を眺める彼女の口から出たのは日本語だ。都合良く異世界言語が修得出来ているなんて事はなく、地下室の資料も絵や図、数字とおぼしき記号などを除いて文章はちんぷんかんぷんだった。
「地図によると、たぶん、日の出の方角に進めば森を抜けて町がある……はず。何処まであてになるかは分からんけど……それに、この世界には人間がいる。装備や絵から考えて、地球と同じ人類が、確実に」
だけど……と彼女は己の両手を見た。
指は片手に四本の計八本。手の平側は白い産毛が剥がれ象牙色のエナメル質の甲殻が覗く。肩や股間周りの甲殻と肌の隙間はふさふさの毛に覆われており、蛾などの昆虫に近い見た目だ。
雨上がりの水溜まりで確認した容姿は白目が黒く、瞳は紅く、それ以外はほぼ真っ白という、整ってはいるが夜中に遭遇したら悲鳴を上げて逃げてしまいそうな姿だった。
「言葉の通じないホラー染みた見た目の人外の女の子を受け入れてくれるかって考えると、微妙だよな……」
捕まって奴隷として売られるか、動物として飼われるか、敵として倒されるか、研究用に囚われるか、そんな暗い未来がいくつも思い浮かぶ。
「はぁ……」
ため息を一つ吐き、傍らに積んだ薪を火に放る。
ネズミとイタチを掛け合わせたような動物の丸焼きはいい具合だった。内蔵を抜いて毛皮を剥ぎ、木を削った串に刺して火にかざす。
蔦と枝で作った括り罠は強度が低く逃げられる事も多いが、度々貴重なたんぱく質を供給してくれる。サバイバルマニュアルで作り方を学んでいて良かったと心の底から彼女は思う。
「でも、いつまでもサバイバル生活ってのも厳しいよなぁ……緊張して眠りは浅いし、塩とかビタミンとかの栄養も足りてない。いつか心と身体を壊しそうだ……うぅ……」
漠然とした不安と閉塞感に押し潰されそうになる。
「いかんいかん、病んだらそこで試合終了だ……ぞ……?」
気分を切り替えようと頭を振り、ぞわりと粟立つような違和感から顔を上げる。
黒い巨影が降ってきた。
「!? うわぁぁぁぁぁっ!?」
悲鳴をあげて彼女は横に跳んだ。
ズズゥンという地響き。同時に発生した猛烈な風に彼女の軽い身体は煽られて吹っ飛び、受け身もとれずに十メートルほどゴロゴロ転がってようやく止まる。
「いっつつ……くそっ」
悪態を吐きながらよろよろ立ち上がった。石の上を転がって打撲や擦り傷が出来ている。青白い肌から流れ出る血の色は赤であり、危機的状況ながら少し安心する……が、すぐ身構える。
キエェェェェェェッ!!
甲高い叫びと共に巻き起こる風。灰塵は吹き飛び、襲撃者の姿が露になった。
まず目につくのは広げると自分の十数倍はありそうな大きな翼。蝙蝠を思わせる鉤爪を持った皮膜の翼は赤茶けた鱗に覆われ、所々に羽毛が生えている。
大木のように太い二本の脚は、甲殻と鱗の下に発達した筋肉が有ることが見てとれる。最初の襲撃を回避できなかったら、その爪に捕まれて空の旅をしていたことは想像に難くない。
顔は猛禽を思わせる大きな嘴と鋭い瞳。丸太のような長い尾は矢羽に似た形状をしている。地上ではバランサーとして、空中では尾翼としての役割を果たしているのだろう。
「グリフォン? いや、鷲頭の……ワイバーン、か? なんか怪我してるみたいだけど」
彼女は腰の鞘から剣を抜きながら呟く。
対峙するのは荒鷲竜とこの世界で呼ばれる生物だった。世界に満ちるマナの影響を受けて通常の動物とは異なる進化を遂げ、生態系の頂点に君臨する強者たち、魔獣。
それらは畏れられると同時に特殊な武具などの生産に欠かせない貴重な資源であり、猟兵と呼ばれる命知らず達による討伐や捕獲が古くより行われている。
「(倒す? いや無理だろ。ゲームじゃあるまいし)」
彼女は荒鷲竜に挑みかかる自分を想像し、熟れて潰れたトマトが小鳥に啄まれている光景が見えて即座に逃走を決めた。
「(地下室に戻って地図とか纏めて、夜に逃げよう。生物なら眠るはずだし、後の事は成り行きに任せる)」
幸い、地下室の入り口は今居る場所から遠くない。
彼女は荒鷲竜に身体と剣を向けながら、壁沿いにじりじりと移動する。
荒鷲竜は陽光を反射する得物を警戒しているのか、低く唸りながらその場で身を屈めて足踏みしている。隙を見つければ即座に飛び掛かってくる体勢だった。
「よーし、よーし、そのまま、そのままだ。剣は痛いぞ。だから来るなよ……」
汗が滲むのを感じながら彼女は移動する。
少しでも視線を逸らせば襲われる。心臓が痛いほどに脈打っている。剣を支える筋肉が疲労で震えてきた。恐怖から歯の根が噛み合わずカチカチと煩い。
「(あと少し、あと少しだ)」
地下道に続く階段まであと数メートル。階段に飛び込み、奥の地下室に駆け込めば荒鷲竜は巨体ゆえに追ってこれない。
だが。
「あっ」
石の隙間から飛び出た木の根に脚をとられ、尻餅をついた。
剣が手からすっぽ抜けてカランと虚しく転がる。
死が、すぐそこまで迫っていた。
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荒鷲竜、という魔獣は銀級上位に分類される強敵だ。
特殊な能力こそ無いが、大きな翼で縦横無尽に空を飛び、堅固な鱗は攻撃を弾き、強靭な脚で大地を駆け、鋭い嘴は鉄すら穿つ。
高空からの急降下による奇襲が特に驚異であり、目があと一つ欲しいとベテラン猟兵にもため息混じりに語られる相手。
なお、猟兵は青銅級に始まり、銅、鉄、銀、金、白金級と上がる。銀級と金級は上位と下位に分かれており、計八等級に区分される。
猟兵の階級は、同じ階級の魔獣を四人パーティで死傷者を出さずに討伐できる程度の力量と定められており、銀級以上は全猟兵の五パーセント以下しかいない。
なお、依頼を受けるのは魔獣と同じ階級以上ならば一人から可能である。
「あの鳥頭、どこ行きやがった」
身の丈ほどもある肉厚の大剣を肩に担ぎ、周囲を見回す金属鎧の巨漢の名はガッテム。『斬裂』の異名を持つ銀級上位の猟兵である。趣味は料理で、猟兵を引退した後は食堂を開こうと本気で考えている。
「ダメージは与えてますから、近くの巣に戻っている筈です。この辺りだと……ウルス城塞跡ですね。飛び去った方向も一致します」
地図に目を落としながら答えるのは連発式魔銃を担いだ小柄な軽装の女性。名前はツェツィーリャ。『岩穿』と呼ばれる銀級上位。同郷で幼馴染みのガッテムに想いを寄せているが、中々気付かれない不憫な人である。
二人はこのグリューネ魔海という密林地帯の外、沿岸の都市マリアーナの猟兵ギルドを拠点に活動しており、その高い実力と美女と野獣っぷりから色々と注目されているコンビだった。
「日没が達成期限になりますから、早めに向かいましょう」
「あいよ」
二人は頷き合うと獣道すらない森を軽々と駆ける。数々の魔獣を打ち倒してマナを取り込み、身体能力が大きく向上した彼らには造作のない事だった。
そして走ること暫く。かつて存在した開拓拠点である城塞の残骸が木々の合間から見え始め、そこに近付く荒鷲竜の巨体を捉えると同時に二人は気付いた。
「おい、ツェツィ、ありゃあ……まずいんじゃねえか」
「っ!! 煙って、誰か彼処に……!?」
魔獣の出現により、一帯はギルドにより封鎖されているはずだった。それに、あのウルス城塞跡一帯はマナが濃く、魔獣が好むために危険だと広く周知されている。彼処に居るのは余程の間抜けか命知らずか、はたまた無知か。
「飛ばすぞ」
「はい」
二人は更に加速した。
視線の先には、十八番である急降下を仕掛ける荒鷲竜。そして悲鳴。
崩れた城壁の隙間から中に飛び込んだ。それぞれ得物に手をかけながら索敵する。
「っ!! 」
見つけた。
ぼろ布をまとった真っ白な子供が、錆の浮いた剣を手に荒鷲竜と対峙している。
恐怖に震えながらも少しずつ移動しているようだったが、木の根に足をとられて尻餅をついて剣を落とし、それを好機と荒鷲竜が飛び掛かろうと身体を沈めるのが見えた。
「ツェツィッ!!」
「やらせない!!」
ガッテムの叫びと同時、ツェツィーリャは魔銃を腰だめに構えて引き金を引いた。銃身に刻まれた火属性の術式にシリンダーに装填された薬莢に詰まった魔石の魔力が流れ、灼熱の炎弾が連続して発射される。
荒鷲竜は攻撃を察知して飛び退き、炎弾は苔や雑草を巻き込んで爆発、炎上した。着地したガッテムとツェツィーリャを見据える荒鷲竜の双眸には、確かな敵意と殺意が宿っている。
「……ツェツィ、こいつは俺が引き付ける。ガキを安全なところに運んでくれ」
「分かりました。無理はしないで下さいね」
「んなこたぁ分かってるよ」
ガッテムは苦笑し、ツェツィーリャが気絶し倒れてる子供を抱えて離脱する。
城塞の地下室が安全地帯として登録されていて、そこに運んでいる筈だ。
「さぁてと、いっちょやりますかぁ」
獰猛に笑い、大剣を振りかぶった。
いつかキャラ絵載せたいなぁ……(妄想)
まず主人公の見た目を考えてから、廃墟中心の人外百合ハーレム物語か、街でのほのぼの日常系か悩み、後者にしました。
プロットも何もないので更新は不定期です。ご了承下さいませ。
荒鷲竜……シュトゥームグリフ
ロシア語の襲撃機とグリフォンを掛け合わせた造語です。
今後、オリジナルの魔獣が出てきて戦闘になったりするかは未定。
ミリタリーな小ネタは積極的に挟んでいきたいところ。
次がありましたら何卒宜しくお願いいたします。