第二十六話:召喚術士さんと狐の嫁入り
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遡る記憶は――――。
純黒の悪魔との出会い。
奇怪な学び舎との出会い。
銀髪の女との出会い。
突如渡された丸笛。
白きベッド。しわくちゃになった老夫。
まどろみのような日々。
その前は――。
僕は思い出せなかった。
深海のように底の見えぬ闇が連綿と続いていた。
砂漠で硝子の欠片を探すような困難さがあった。
優しげなミルク色。
それは。
それは?
君は誰……?
「ヤモリ」
むくり、と目覚める。
朝。
家。
身体が覚醒する。
朝の陽光が差し込んでくる。
隣にはメフィストだ。
転がり落ちている。
おおよそ、僕に悪戯を仕掛けようとしたのだろう。
「おはようメフィスト」
「ヤモリぃ……」
少女はお腹を鳴らす。
「朝食にするか」
「うむ」
過去を置き去りにして、僕たちの生活ははじまる。
✞
物語のはじまりは――。
いつだって向こう見ずだ。
スケジュール帳にも書き留めることはできない。
予想外で想定外で、僕らは備えることができない。
だから、部室に夜市屋先生が入ってきたときも、
僕らはこの後の展開のことなんてまるで知らなかった。
「なんじゃ、ヨーコじゃないかや」
「ふん、――メフィスト、フェレス……か。若いな、つまらない……いや、面白い、のか? しかし今はそんなことを言ってる場合ではないな」
部室には、僕とメフィスト、それとクロ先輩がいた。
……ナチュラルにメフィストがいることにはもう突っ込むまい。
生徒でもないのに、当たり前のように部室に入り浸っているのだ。
それよりも……。
「お二人とも、知り合いだったんですね」
「そうじゃな。そこそこ有名人じゃよこいつは。というか、こいつを生み出した親たちが有名なんじゃが」
「ふん、よくいったものだな。メフィストフェレス三世と言えば、時空を超えた錬金術師の血統と、悪魔の血統の二つを兼ね備えた奇怪極まりないやつだ……――私の血統など、なんの面白みもない」
「まあ、鬼と狐じゃ在り来りだからのう」
勝手に二人で話しが進行する。
僕にも説明してほしいものだ。
だが、僕の希望も虚しく、夜市屋先生はつづける。
「ふん、ヤモリ、メフィストフェレス。それにアレイスター・クロウリーも、できれば手伝って欲しいことがある」
「なんじゃ? まるで地獄の底から妖魔が這い出してきたような顔をして」
メフィストは冗談のつもりだった。
きっとそうなのだろう。
だけど、夜市屋先生は笑った。
"ニヤリ"、と笑って―――。
「ビンゴだ」
「は?」
「三日後、地獄とこの世界の間に巨大な召喚陣が出来上がる。妖怪、悪魔が出放題の乱痴気騒ぎが来るだろう」
当たり前のように、彼女は。
「悪いが、この世界を護るために手伝ってもらう」
そう言ってのけた。
✞
玉藻前。
葛の葉。
瑞獣。
呼び名はいくらもある有名人。
悪く言えば月並み。
良く言えば王道。
全てはこうもり猫さんの弁であったが、
「ようするに、"妖狐"っていうのは、とてもとても有名な生き物なのよ。私らの間じゃね」
そうしめた彼女の口からは親しみよりも、嫌悪の感が存在していた。
そして、夜市屋曜子。
これもまた月並みな言葉遊びなのだが。
彼女は「妖狐」の一族の娘であるらしい。
「フフフ……狐の伝説は面白いのが多くてね。その美しい見た目から善とも悪とも描かれる。……フフ、もっともその二律背反した性質は単純に力を持て余した使い手が、世界を救うために有効活用できたか、世界を滅ぼす方向に至ってしまったかの証左とも言えなくはない」
「めっちゃ強い魔剣みたいな?」
「フフ、悪くないね。その考えは……元来、彼ら精霊たちは悪とも正義とも転ばぬ存在だ。悪魔と呼ばれていようが、別の視点から見たらそれは天使にもなる。在り来りな表現であるが、目の見えぬものは、その不可視性故に叙述者の認識に左右される。人の心が、善とも悪とも言えないように」
「フォローは有り難いが、魔術師よ。妾の記憶が確かなら、こやつの母親は確かに悪いやつじゃ」
舞台は夜市屋先生の研究室に移っていた。
メンバーは次の通りだ。
僕、夜森明人。
悪魔、メフィストフェレス。
妖魔、こうもり猫。
天使、天坂・ジブリエル・花子。
黒魔術師、アレイスター・クロウリー。
よくぞ、古今東西の不思議生き物が集結したものだ。
メフィストフェレスと出会って数週間。
これほど濃密な日々を過ごした時はあっただろうか。
「で、でもっ、要するにお話はただの見合い話なんですよね?」
「ふん……、そうだよ。最初はね。だが、この世界を愛していると私が告げると、今度はこの世界に来たいと言っていた」
「来るぶんには別に、いいんじゃないですか? こうしてメフィストやこうもり猫さんも来ていることだし」
「…………それは普通の妖怪であれば、な。残念ながら、彼女は地獄の妖怪を束ねる長でもある。彼女が来れば、必然的にこの世は闇に覆われるぞ」
――――"白面金毛九尾の狐"。
夜市屋先生の母の通称だ。
とんでもない通り名の母親もいたもんだ。
随分前から、地獄に帰ってこい、との通達があったそうだ。
目的は、見合いの準備。
彼女の一族は、長命であるが、と同時に子孫をあちこちにバラ撒き、その権能を高めてきた。
もともと彼女の目的は、高名な魔術師たちの間に子をもうけることだった。
だが、その目的は果たされず、幾重もの月日が流れていった。
「なんじゃ結局、上京させた娘がろくすっぽ生活もできてないから実家に帰そうとした、そんな話じゃないか」
「フフフ……しょーもない」
「フン、化物どもが、つまらない、……ああつまらない。この話をするのではなかった。貴様らの言葉はもっともだ。だが、今さら私が地獄に戻ったところでどうにもならない」
「そうなの? 戻ればいいじゃない。地元でいい悪魔を見つけてとっとと籍にはいっちゃなさいな」
「アイツは、この世界に興味を持ってしまった。あの母親の特技はな、自分の興味のもった世界を寸分の狂いもなく"傾国"させてしまうところにある」
三日後。
彼女はこの世界に来るらしい。
「ちなみに父もやってくる」
「お父さんですか。そんなスゴいお母さんに見合うお父さんなんているんですか?」
「夜叉じゃ」
「やしゃ……?」
ジブリルさんははてなマークを浮かべる。
それにこうもり猫さんが答えた。
「言ってしまえば鬼神よ。もとは暴悪を司る神さま。妖狐もそうだけど、この妖魔もいろんな名前があるから一概にこれだと言い切ることは難しいけれど」
「フン、こっちは問題ない。どれだけ強かろうがあくまで一体だからな。問題があるとすれば、夜叉という概念は、鬼を経由して、大陸において『吸血妖怪』と名付けられることがあることだ」
「フフフ……まさか"不死の王"とか言うんじゃないだろうな」
「のーらいふ……?」
「ジブリルくんにも伝わるか分からないが、要するに……吸血鬼ってことだよ」
――――"吸血鬼"。
不死の王にして、夜の化身、血を啜る者、魅惑をもたらす者、
神出鬼没、
変幻自在、
怪力無双にして、化物中の化物。
その身体は血でできており、幾度殺そうとも殺されない。
眷属を山のように従えて、国を蹂躙する最強の妖怪の一人。
「……全然大丈夫じゃない気がするけど」
「フフ……なるほど、西洋の吸血鬼伝説よりも歴史は古かったか、フフフ……私もそこまで深追いしてなかったが、思ったより不味いな。
吸血鬼に九尾の狐か。大妖怪祭りのはじまりといったところか」
「だから、言ったんだ、フン……然るべき対処をせねば、世界が終わるとな」
室内に沈黙が流れる。
だけど、何をすれば良いのだろう。
世界を護るといったって。
然るべき対処といったって。
どうするのが良いのだろう。
「やることは二つだ。一つは二人が顕現した際に現れる妖怪たちが悪さをしないか見張ること」
なるほど。
夜市屋先生曰く、今回発動される召喚陣はとても巨大なものだ。
故に、妖狐さんと夜叉さんが現れるその時に一緒に多くの妖怪たちが現れる可能性がある。
そいつらが悪さをしないか見張る。
「もう一つは、二人に問題なくこの世界から消えてもらうことだ」
「それは……」
「理想は言葉で説得し、数日の滞在の後、丁重に帰ってもらう……ふん、つまらないが、もしそれがダメだった場合は……」
「場合は?」
悪魔に妖魔、天使に黒魔術士、そして何の権能も持たない人間代表の僕。
皆の視線が、夜市屋先生に集まった。
「ここにいる全員で――――九尾の狐と吸血鬼の退治をお願いしたい」
戦争の、予感がしていた。




