第03話:探索者のお仕事(1)
この頃、最強魔族少女シェリルに関して、
とある特殊な立場の者の間で、ひとつの噂が流れていた。
その内容は、彼女の強大さ、偉大さを端的に表していたが、
あまりにも突拍子もない噂でもあった
それは――
神から直々に「神になれ」と要請があったというもの。
そして、それを一言のもとに断ったというもの。
もちろん、その真偽の答えを求めるのなら、
神に問い質すしかないのだが、そのようなことができるはずもない。
だがここで、はっきり言おう。
それは事実である。
全ての始まりは、およそ一年前、
近傍に凶悪な魔物が生息する「魔物の森」と呼ばれる地域を抱え、
そこから得られる魔石を主な生産品としていた中規模の町「ヤトカイ」、
その南の山の麓に突如「シェリルのダンジョン」が現れたことから。
そのダンジョンは、たった一階層だけとはいえ、
魔族の少女シェリル、彼女自らの能力だけで造り上げられていた。
本来であれば、神に至る魔法と呼ばれる「空間魔法」で神の頂を訪れ、
神に認められた者だけが授けられる「ダンジョンコア」という宝玉と、
専用の「ダンジョン術」を使わねば、構築が許されないダンジョンを、である。
こうして、異端であるシェリルのダンジョンは、
やがて同じく、この世界の異端である異世界人の目に留まる。
彼ら異世界人は【ステータス鑑定】や【スキル強奪】といった、
この世界でさえ非常識と言えるほどの超越的な能力を持ち、
自らを「チート能力者」と称して、世間を騒がしていた。
シェリルは、そのような者からの挑戦を、
ダンジョンの最終ボスとして、真っ向から受けたのである。
そして――
そこから何がどうなったのか、
数々の偶然が重なり、何故か神同士の争いの発端になってしまう。
結果として、当時、四柱あった神が――
その数を半分に減らすまでの、まさに驚天動地の騒動が起きたのである。
もちろん、そこに至るまでには壮大なドラマがあった。
しかし、それは割愛する。
だって、長いだけだから。
その後、数を減らした神の座を補うために、
残った神が、シェリルに「神になれ」と要請したというのが真相である。
なお、彼女が神の候補に選ばれた理由は、
自作ダンジョンとか、争いの発端とかは全く関係なく、
神としての条件を満たしていた、ただそれだけだったことも付け加えておく。
だが、しかし――
魔族シェリルにとって、神の座など毛先ほどの興味もなかった。
ダンジョンの最終ボスであること――それこそが彼女の望み。
返事は「やだ」の一言だったのも事実であった。
◇ ◆ ◇
話を戻し、再びここはシェリルのダンジョン――初心者の部屋。
「あれ……、あそこの一匹……まわりからイジメられているみたい」
最終ボスが乱入するというアクシデントがあったが、
気を取り直して、自分の戦いに集中しようとする探索初心者のマリエ。
対する魔物、マルスライムたちも恐怖の対象が消え去り、
再び元気を取り戻し、その場にいた探索者パーティに襲い掛かる。
これが探索者と魔物の正しい在り方である。
「どこっすか」
「ほら、あそこ……やっぱりそうだ。助けてくる!」
だが、マリエはある場所の光景に違和感を覚えていた。
部屋の隅、怯えたマルスライムが寄り添っていた場所で、
脅威が去ったというのに、いまだに固まっている集団があった。
その中、周囲のマルスライムより一回り小さな濃い紫色の一体。
他の個体から押されて、ひしゃげて、見るからに変な形状になっている。
「マリエちゃん、あそこは魔物が多いから危ないっすよ」
そう言ってアカネが止めるのも聞かずに、
手にした剣と盾を振り回して、マルスライムの集団に突進する。
「イジメはやめなさーい!」
マリエは、虐められている小さな一体の周囲、
虐める側のマルスライムに、素早い動きで剣による斬撃を加える。
一体につき数撃を加え。次々とイジメっ子マルスライムを光に消していく。
同時に、他の魔物からの攻撃を、左手の盾でガードすることも忘れてはいない。
「たぁ! たぁ! たぁ!」
すでに「初心者の部屋で魔物退治」という今日の目標は達成。
その姿は、とてもデビュー戦とは思えないほど凛々しく、
まるでお手本のような見事な動き、見事な戦い方だった。
その勢いに気圧され、数体残った魔物はプルプルと退散。
濃い紫色の小さなマルスライムだけがその場に残り、
近づいてきたマリエを前にして、震えるのを止める。
頂点から伸びるアホ毛のような二本の触角が、ゆっくりと上下する。
そこにマリエが手を差し伸べる。
「もう、大丈夫だよ」
マルスライムが人間の言葉など、わかるはずもない。
マリエが助けたのだと、理解などできるわけがない。
それ以前に、本当にイジメられていたのかも不明だ。
「きゃっ!」
紫色の小さなマルスライムがいきなり飛びついてきて、
驚いたマリエが小さな悲鳴を上げる。
「「マリエちゃん!」」
襲われたとしか思えないその光景に、
ノルンとアカネが名を叫び、シオリが急いで駆け寄る。
だが、しかし……。
「くすぐったいよ!」
首の回りを一周したり、
頭のてっぺんに這いあがったりしているマルスライム。
その感触に思わず笑い出すマリエ。
黒髪少女と魔物の戯れる光景に、シオリが何かを思い当たる。
「マリエ……ちょっと能力を見せてもらっていいかしら……」
シオリは【能力感知】という特殊な技能を持っている。
その効果は、他の人間や魔物の持つ能力を知ること。
彼女を探索者Bランクとする、大きな要因のひとつである。
「これって魔物使い……。
マリエが【魔物使い】のスキルを手に入れた……みたい」
シオリは、驚きと感心を込めた深い嘆息と共に、そう呟いた。
相手が最弱のマルスライムだとはいえ、
初めての戦闘で、十体以上の魔物を、あっという間に光に還したマリエ。
さらに、同族から虐められていたらしいマルスライムを助けたかと思ったら、
そのまま懐かれて、魔物使いのスキルをも手にしてしまった。
とんでもない初心者である。
シオリの話を聞いたノルンとアカネが驚きで目を丸くしている中、
当の本人だけは、キョトンとした顔で、頭に紫のマルスライムを乗せている。
これが――
この時から七年後、
五体の個性的な使い魔を従えて『従魔の勇者』と呼ばれることになる、
世界初の女勇者マリエ――そのダンジョンデビュー戦であった。
◇ ◆ ◇
そんなマリエや、他の「紫紺の戦乙女」たちが暮らしている町――
ヤトカイの町と、シェリルのダンジョンは友好関係にある。
つい十日前。
かねてより噂されていたシェリルのダンジョンの拡張工事が終わり、
ヤトカイの町の主要な人物がダンジョン前に集まり、盛大に式典が催された。
その式典で町から提案されたのが、内部階層の呼び名について。
結果、シェリルが自らの能力で掘り進めた当初の一階層分は、
畏敬の意を込めて『創始の階層』と名付けられ、
地下への拡張部分を『新区画』、地下一階から地下五階と呼ぶことが決定した。
もちろん創始の階層に変更はなく、
最初の通路に、新区画へと分岐する道が造られた以外は、以前と変わらない。
魔物も(最終ボス以外)全て、シェリル自身が魂を込めたぬいぐるみ。
手作り感満載である。
最初の部屋は、大ネズミ九体がいるザコ敵部屋。
その先を右に行くと、大サソリがいる中ボス部屋、宝箱あり。先は行き止まり。
逆に左に行けば、巨大トカゲが待ち構える大ボス部屋に辿り着く。
大ボス部屋を越えて左は、宿泊施設のある回復の温泉。
大ボス部屋から右、そこは最奥、
選ばれた者だけが到達できる崇高な場所――シェリルの待つ最終ボス部屋。
ダンジョンの入口から、最短で三部屋目である。
◇ ◆ ◇
「マリエがマルスライムの使役に成功したようですわ」と、表情を変えずにシロ。
「このダンジョンで初めてだよね」と、これも表情を変えずにクロが相槌をうつ。
ここはダンジョンの管理室。
創始の階層の最終ボス部屋、その隣に隠された場所。
中でも、ひときわ存在感を放っているものが、三面巨大監視モニター。
高さだけでシェリルの背の高さがあり、横幅は一面だけで高さの二倍近く。
それが三枚横に並び、全てが最大十六分割表示され、
定期的に表示が切り替わり、ダンジョン内のあらゆる場所を映し出している。
一画面で一ヶ所を表示させるような、拡大表示も可能だ。
従者人形であるシロとクロは、その正面にあるテーブルの横、
座面が小さく足の長い、小さな身体に見合った形の椅子に座っている。
二体の間に余っている一脚は、もう一体の従者人形、ソラの分。
そのソラが、何もない空中をトコトコと歩きながら、
いくつもの皿を、これもまた宙に浮かせたまま運んできた。
「もしかして御主人様って、マリエの隠された才能を知っていたんですかね」
シェリルの持つ能力は、従者人形たちでも全てを窺い知ることは出来ない。
もしかしたら――という思いで、ソラは訊ねたのだが、
それは、さすがに買いかぶり過ぎというもの。
「と、と、と、当然だよ!」
監視モニターが一番見やすい正面の位置で、
一人用のゆったりしたソファに座っていたシェリル。
マリエの新たなスキル取得に「えへへ」と喜んでいたのだけれど、
突然のソラの問いかけに我に返り、その意味を考え、慌てて肯定する。
しかし、その様子は否定しているのも同然だった。目も泳いでいるし。
その様子にジト目になるソラ。
――いくらなんでも、そうですよねぇ。
「はいはい」と、ソラが短く答える。
「そうですか」と、シロは知ってて知らぬふり。
「御主人……『と』が多い」と、冷静に突っ込むクロ。
それはさておき――と、
ソラは浮かべて運んできた皿を、手を使わずにテーブルに並べる。
乗っていたのは今日の昼食。
白いパンにサラダにクリームシチュー、メインディッシュにハンバーグ。
見てのとおり、この一人と三体の中ではソラが食事担当だ。
「いただきまーす!」「いただきます」「食べるよ」「はい、召し上がれ」
いや、それよりも重要なことがあった。
ソラが使っていた、料理の乗った皿を宙に浮かせていた能力。
管理室に戻ってからの短い時間で、これだけの料理を用意した能力。
初心者の部屋から、この管理室に一瞬で戻ったのもソラの能力である。
その能力とは――
三体の人形は、シェリルが生み出した命ある使役人形であり、
同時にシェリルから、彼女の能力の一端である、強力な魔法を託されていた。
そこで、ソラが託された魔法のひとつ――それが「空間魔法」
「もぐもぐ」
その中の代表的な三つの術。
空間を一瞬にして渡る【空間転移】
物質が劣化しない異空間を収納場所に使う【収納空間】
物質を空間に固定し、その空間ごと自在に操る【空間固定】
空間転移で、全員を初心者の部屋からこの管理室まで一瞬で移動させて、
収納空間から、作り置きしてあった料理をホカホカの状態のまま取り出し、
空間固定で、皿を浮かせて配膳した――これがソラの能力。
ちなみに初心者の部屋で、
気配を消すのに使っていた結界も、この空間魔法に属する術である。
「もぐもぐ」
この空間魔法は、この世界でも最高難度の魔法であり、
人はこれを「神に至る魔法」と呼ぶ。
しかし、どれだけ人間が大げさに呼ぼうと、ソラにとっては些細なこと。
主から託されたことを誇りに思い、主の役に立ちさえすれば良い――
それだけなのである。
「もぐもぐ」
食事を頬張る笑顔の主を眺めたあと、ふと監視モニターに目をやると、
そこには、紫紺の戦乙女たちが帰路につく姿が映っていた。
「どうやら、マリエたち、今日はこれで終わりみたいですね。
おやつの時間にマリエの店に行けば、いろいろ話が聞けるんじゃないですか」
シェリルは、ほぼ毎日、
おやつの時間は、ヤトカイの町で甘味が一番美味しいと評判の店に行く。
そこは、マリエの両親が営む食事処。
普通の食事も美味いが、甘味が女性たちの間で大人気。
昼と夕の食事時を避けた時間帯は、女性客だけで店が埋まるほどの盛況ぶり。
マリエは、その時間帯だけ店を手伝う看板娘。
「ごっくん」
最初はその店に、甘味目当てで通うようになり、
やがてマリエに「シェリルお姉ちゃん」と慕われて、
いまの二人の関係が出来上がったのだ。
「うん!」と、シェリルが元気な笑顔で答える。
だが、その日マリエは――店に立つことはなかったのである。
第03話、お読みいただき、ありがとうございます。
次回は「探索者のお仕事(2)」
いったいマリエに何が起こったのか……です。
本日、夜に更新予定です。