09
「あはは、恐い顔してるね。
まあ、僕はこんなニンゲンだから、しょうがないよね。」
「そうそ。
こいつは結構ヤバい奴だから。
複雑な家庭カンキョ―に揉まれて、ネジが落っこちてんだ。」
キコと晴、二人のテーブルのはす向かいに座った長身の男が、
重そうな本を読む手を止めて急に会話に割って入る。
随分高圧的な物言いだ。
「教、授。」
晴が引き攣った笑顔で呟いた。
まさか居るとは思っていなかった、そんな反応を察したキコは無言でメニューを眺める。
誰だか知らないが、自分にとっては赤の他人だ、触らぬ神に祟りなし。と。
「オメェ、学校サボって来やがったな。
名門校の制服が泣いてるぞ。エーンエーン。」
教授、と呼ばれた男はその肩書に似つかわしくない口調で
地声とはほど遠い甲高い泣き真似を繰り出したが、
全く可愛くないので同情が出来ない。
「あのね、今日は…午前で…」
晴は果敢にも先ほどのウェイトレスについた嘘で立ち向かおうとしたようだが
教授にそれは通用しなかった。
「馬鹿か!嘘つくときに右を見るな!!」
責める所がまずそこか、。
「お嬢さんもサボりっ子か。」
「そうですね。」
晴と同じブレザーを着ている為に今更言い逃れは出来ない。
いきなり言葉をかけられ咄嗟に頷いたが、
まさか学校や家に通報するつもりではないだろうと確信したキコは続ける。
「先輩。私は取り敢えず、オムライス。食後にモンブランと、紅茶をストレートでお願いします。」
その言葉を聞いて、二人はまるで
メデューサの眼を見てしまったかのように固まった。
「……随分、度胸があるお友達だな。
晴、ここは俺の驕りだ。小遣いをやろう。」
教授が本を閉じて立ち上がりポケットから取り出した財布に手を差し込みながら言うと、晴は
「良いよ。」とそれを拒否した。
「この前、御馳走になったお礼に此処へ誘ったんだもん。」
「お礼、ね。おめぇにもそんな常識がやーっと、身についたか」
もう何も言うまい、とそのまま会計をしに出口へ行った教授へ手を振り、
晴は言い訳をするようにキコへ向き直る。
「えーと。
今のは、僕の、恩師?みたいなもん。
小さい頃からの知り合い。」
「という事は、その、なんですか、魔法?のこと、御存知だという事ですか?」
キコは辺りを気にして、小声で話す。
2時を少し過ぎた時間なだけあって客入りは少ないが、
こんな会話を聞かれたら恥ずかしいにも程がある。
「言ってないけど……もしかしたら、僕がオカシイのは解ってるのかも。
いつもそう言われるしね。」
「では、家を追い出されたというのは…?
家族に、魔法がバレているんですか?」
「言ってないよ、今の家族は誰も知らないよ。」
「今、の。」
教授が言っていた、複雑な家庭環境、というのがその一言からリアルに感じられる。
「うん。でも、本当のおかあさんには……ちょっと言った。」
「本当の。」
またしても意味ありげな科白のオウム返しに晴は困った顔をして笑う。
「でもね、僕のは魔法って言ってもほら、前に見せたやつね、
自分の怪我を、誰かに触って治すくらいしか出来ないんだよね。」
「犬と喋る芸当は?」
「あれは、ほんと偶然で、人ごみの中で知らない人の話してる内容が一瞬聞こえたりするでしょ。
ああいう感じでキャッチできることが稀にあるって感じ。」
「そうなんですか。」
キコは、晴の力が万能ではないことに少し驚いた。
他人にちやほやされるのも、テストでの成績も、全て魔法の効果だと思っていた。
「うん。だから、割と制限があるって言うか、自由気ままに箒で空を飛んだりはね。
やっぱり、専門の学校に行かないといけないんだよ。」
「そんな物、本当にあるのでしょうか。」
「あったら、嬉しいけど。
……じゃあこんなのって、僕だけだと思う?」
晴が少し目を伏せて悲しそうに呟くのを受けて、キコは少なからず困ってしまった。
クリスマスに目にしたあれを、単なる手品だとか、自分を騙す巧妙な仕掛けだとは思わない。
そんな事をする理由も意義も、無いだろう。
あの女を自分から追い払うためだけに、事故を装ってあそこまでの演技力を発揮したならば
晴はハリウッドでオスカーを獲得できるに違いない。
――だから魔法は本物だ、として。
他にもこういった能力を持つ人間は存在するのだろうか。
「学校は人数が相当多くないと不可能だと思うので、兎も角。
……『奥様は魔女』をはじめ『コメットさん』や『魔法使いサリー』なんかもありますし…」
キコは頭を悩ませた。
「どれも、実在しない物語だと思っていましたが、
これらの制作者が魔法を実際に目にした可能性は……無いとは言いきれないかもしれませんね。」
キコが真面目に考えているのを見詰めて、晴は感動しているらしく目を輝かせている。
「やっぱり、キコと友達になってよかったー。」
「えぇ…もう友達決定な感じなんですか……」




