小陛下は自由がほしい(3)終
それからあっという間に三時間が経って、エリオットたちはお土産を山ほど抱えて街を歩いていた。
「よし。これでみんなの分のお土産が買えた」
エリオットは箱に入ったお土産を両手で抱え、少しふらふらしながらも満足げに言う。
ミヤビはそんなエリオットを心配そうに見て言う。
「エリオット様、荷物を貸してください。おれたちが持ちますから」
けれどエリオットはそれを拒否した。ミヤビとスズはすでにエリオットの倍以上のお土産を抱え、両腕に大きな袋を引っ掛け、リュックも破れそうなくらいに膨らんでいるからだ。
「二人ともこれ以上持てないでしょ。ぼくは大丈夫だよ。これくらい運べる」
しかし大通りは通行人が多く、前がよく見えない状態の三人は、少し進むたび人にぶつかりそうになった。
そこでスズがこう提案する。
「裏通りを歩きませんか? 私、よく街に遊びに来るので道知ってますよ」
「じゃあそうしよう」
そうして三人で路地に入り、のんびり歩く。
「禁城を出て、もう三時間以上は経ったよね? みんなさすがにぼくたちがいなくなってる事に気づいたかな」
エリオットが呟くと、スズとミヤビが順番にこう返してきた。
「絶対気づいてるはずです。今頃、禁城のあちこちを探し回っていると思います」
「それで城のどこにもいないと分かったら外にも捜索の手を広げると思うので、そうなる前に戻りましょう」
「そうだね。大事になって叱られる前に」
エリオットは頷いたが、ミヤビは「すでに大事になっていて、叱られる事は確実だと思います」と冷静に言う。
――と、そんなやり取りをしていた時。
「おい」
路地裏を歩く三人の後ろから、誰かが声をかけてきた。乱暴な口調の男の声だ。
ミヤビとスズが先に振り返り、エリオットも一拍遅れて後ろを向く。
するとそこに立っていたのは、ガラの悪い見知らぬ男たちだった。六人いたが全員体が大きく、人相が悪い。狭い路地で向き合うと威圧感がある。
「随分大荷物だな。俺たちが持ってやろうか?」
言葉を聞くだけなら親切だが、先頭の男はにやにやと笑いながらそう言ったので、渡せばそのまま奪われるのは明白だった。
「必要ない」
ミヤビはエリオットの姿を隠すようにその前に立ち、毅然として言う。
スズは少し緊張していたが、同じようにエリオットを庇うように前に出た。
「遠慮するなよ。何を買ったんだ? 小さいが『紗麗』の箱まであるじゃねぇか。お前らには高級品だ」
男は笑ったまま言う。
『紗麗』とは、五人いる侍女のためのお土産を買った店の名前で、スズがいくつか抱えている箱の一番上に、その店名が書かれた小さな箱も乗っていた。
エリオットは知らずに入ったのだが、『紗麗』は高級な絹織物の店だったようで、値段を聞かずに侍女に似合いそうな肩掛けを五人分買おうとして、あやうくお小遣いのほとんどをそこで使ってしまうところだった。
結局ハンカチを買ったものの、それでも結果的に侍女へのお土産が一番高価な品になった。
けれどその店の箱を持っている事で悪い竜人に目をつけられるなんて、とエリオットは困ったように眉を下げる。
上手く彼らをかわしてここから去りたいが、どうにも逃してくれそうにない。
「有り金も全部置いてきな。紗麗で物を買えるっつーことは、ガキでもそれなりに持ってんだろ」
相手の六人が近づいてくるので、ミヤビとスズは抱えていたお土産やリュックを路地の端に置いて、いつでも戦えるように準備をする。
エリオットもお土産を地面に置き、いざという時に備えた。
心臓は緊張のためにバクバクと音を立てていて、知らずに握っていた手のひらには汗が滲んでいる。
ここにいる六人の無法者より、エリオットがいつも接している竜騎士たちの方が強いだろう。
けれど自分たちを害する可能性があるから、竜騎士たちより彼らの方が危険だし、恐ろしいと感じる。躾をされていない野生の獣に出会ってしまった気分だ。
エリオットは恐怖でじりじりと後ろに下がってしまったが、ミヤビとスズは男たちと向き合ったまま動かない。
二人は竜騎士見習いとして訓練を受けているとは言え、自分よりずっと大きな大人と戦うのは怖くないのだろうか。
エリオットがそう思って改めてミヤビたちを尊敬したところで、目の前で戦闘が始まってしまった。
先に動いたのはミヤビで、先手必勝で攻撃を仕掛ける。
「わっ!」
エリオットは驚いて頭を抱え、一人で勝手に後ろに転んだ。無様だが、竜騎士たちの戦闘訓練を見学した事はあっても本当のケンカは見た事がないので、自分が攻撃されたわけでもないのに慌ててしまった。
「なんだ、こいつ!」
「ガキのくせに強いぞ!」
しかしその一方、ミヤビは着実に敵を攻撃していく。先頭にいた男は油断していたせいで、ミヤビに一発みぞおちを殴られてそのまま昏倒してしまった。
けれどそれを見た他の男たちはミヤビへの警戒を強めたので、その後は一撃では倒せなくなる。彼らは竜騎士のように自らを鍛えてはいないし、戦闘訓練も受けていないけれど、それでも成人した竜人の男なのだ。元々運動神経はいいし、腕力もある。
それに男たちの方が数も多いし、ケンカ慣れしている。竜騎士見習いのミヤビ一人では全員を倒せるか分からない。
「危ない……!」
と、そこでミヤビが敵に捕まり攻撃を受けそうになったので、エリオットは思わず叫ぶ。
しかしスズがナイフを投げて援護したので、ミヤビは敵から逃れた。スズは他にも隠し持っていたらしい小さなナイフをいくつも出して相手に放っていき、それは驚くべき命中率で確実に敵に当たったが、スズの腕力が弱いせいか深くは刺さらない。
相手が簡単にナイフを抜いてしまうと、スズは悔しそうに眉間にしわを寄せた。
そして手持ちのナイフを全て使ってしまったスズも、ミヤビと同じく身一つで敵に向かっていく。
(二人が戦っているのに何もできないなんて……)
エリオットがそんな事を考えているうちにも状況は変わっていく。ミヤビとスズは大人相手に善戦していたが、このまま何とか勝てるかと思ったところで、たまたま近くにいたらしい敵の仲間が合流してしまったのだ。
「何やってんだ?」
「アズルが倒れてるぞ。相手はガキじゃねぇか。こいつらにやられたのか?」
敵はさらに四人も増えた。エリオットは絶望して顔を青くする。
そしてついに、ミヤビとスズは男たちに捕まってしまった。
「くっ……」
羽交い締めにされたミヤビは苦しげにうめいた。スズも両手を掴まれ動けなくなっている。
「ミヤビ! スズ!」
「残り一人だな」
叫ぶエリオットに、男が一人寄ってくる。
男は震えているエリオットを見て笑って言った。
「あの二人と違って、お前は弱虫だな。……ん? 何だ、これ……」
男の視線はエリオットの胸の辺りに釘付けになる。エリオットも思わず自分の胸を見下ろすと、そこには鎖に繋げて首から下げていた指輪があった。
緑金の大きな〝皇帝の石〟がついた、皇帝一族が代々受け継いできた貴重な指輪だ。
(外套の中に隠してたのに……!)
動いているうちに、いつの間にか外に出てしまったようだ。
「なんてデカい〝皇帝の石〟だ」
「あっ……!」
男は驚きに目を見張りながら、細い鎖を引きちぎってエリオットからそれを奪う。
「おい、見ろ、この石! この輝き! きっと本物だ」
「やめて! 返して!」
「俺ら、一気に大金持ちだぞ」
「だが、なんでこんなガキが〝皇帝の石〟なんて持ってやがる。貴族の子どもだったのか?」
「返してよ! それは大切なものなんだ!」
〝皇帝の石〟を前に興奮して色めき立つ男たちに、エリオットは泣きそうになりながら訴えた。
しかし服や腕を引っ張っても、彼らは熱心に指輪を見るばかりだ。
「この前、母さまがぼくにくれたものなんだよ! 大事なんだ!」
譲り受けたばかりの指輪を奪われるわけにはいかなかった。「この指輪には思い出がたくさん詰まってるんだよ」と母は言ってたのだ。
「うるせぇよ」
エリオットが騒ぐと、男の一人がわずらわしそうに手を払った。普通の竜人より弱く、まだ子どものエリオットは、その動作で簡単に後ろによろけて建物の壁にぶつかる。
「うっ……」
「エリオット様!」
ミヤビとスズが暴れ出すが、そうしたところで敵の拘束が強まるだけだ。
「ミヤビ、スズ……」
締め上げられて苦しそうにする二人を見て、エリオットは街に来た事を後悔した。
竜騎士を連れずに勝手に禁城を抜け出すべきじゃなかった。自分がわがままを言ったせいで、今、エリオットの大切な友だちである二人が危険にさらされている。それに指輪も奪われそうだ。
――エリオットは息を吐き、男たちをキッと睨みつけた。
そして立ち上がるとずっと被っていたフードを取り、自ら彼らに顔を晒す。
「二人を傷つけたら許さないぞ」
エリオットは堂々と彼らに向き合って言った。
顔を晒すのは賭けだった。エリオットの正体に気づいた敵が、どういう行動に出るか分からなかったからだ。
皇帝一族に危害を加えようとする竜人はいないはずと思うものの、彼らもそうかは分からない。怖気づいてくれればいいのだが、身代金目当てに誘拐されたりする可能性もある。
「二人を離せ」
「……緑の髪に、緑金の瞳? おい、この子ども……」
男たちはエリオットを見て、徐々に目を見開いていく。すでに頭の中ではエリオットの正体に気づき始めているものの、自分たちの予想が信じられない様子だ。
「そんな、まさか……」
「ぼくの名前はエリオット・リシュドラゴ。この国の皇帝の息子だ」
息をのむ男たちを、エリオットは緑金の瞳で真っ直ぐ見つめて威圧する。
「もう一度言う。二人を離せ。それにその指輪はぼくのだ」
男たちは動揺しながら、お互いに目配せしている。
「……ど、どうする?」
「どうするって……本当に皇帝の子どもだと思うか?」
「本物だろう。顔と、髪や瞳を見れば分かる。それにこの指輪……」
「皇帝一族に手を出すのはまずい。俺だってそこまで悪党になりたくない。指輪も返したほうがいい」
「ゆ、指輪だけは貰って逃げねぇか?」
こそこそと言い合う男たちは、幸いにもエリオットに手を出す気はないようだった。
しかし一人が未練がましく指輪をポケットに入れようとしたところで――
「そうしたいならそうしてもいいが、地の果てまで竜騎士に追われる事になるぞ。それは皇帝の指輪だ」
エリオットがよく知る人物が、大通りの方からこちらに歩いてきた。
エリオットとは全く共通点のない黒い髪と黒い瞳を持ち、エリオットにはちっとも似ていない整った涼しげな顔立ちをしてはいるが、彼はエリオットとちゃんと血が繋がっている。
「父さま!」
冷たい瞳で男たちを見ているクロナギを見て、エリオットは声を上げた。
どうしてここにいるの? という驚きもあるが、それよりも安堵の気持ちが一気に湧き出てきた。これでもう安心だ。ミヤビとスズも助かる。
そしてクロナギの後ろからは、オルガ、アナリア、ソル、ヤマト、コルグ、トウマという紫のメンバーたちもやって来た。
アナリアは少し眉根を寄せて厳しい視線をミヤビに向け、ヤマトもため息をついてスズを見ている。
「ま、まずい……。こいつら知ってるぞ。ただの竜騎士じゃなく紫だ」
「逃げろ!」
男たちは気絶したままの仲間を放って、ついでに指輪も放り投げて、路地の奥へと走っていった。
しかしソルとトウマ、コルグがすぐに後を追う。
「逃がすか!」
トウマが意気込んで言い、コルグは一番最初に敵を追って駆けていったソルの背中を見ながら走り出す。
「ソルさん相変わらず走るの速っ!」
そしてクロナギは指輪が地面に落ちる前に空中で掴むと、ミヤビとスズを見下ろし、声をかける。
「大丈夫か?」
「はい」
「平気です……」
二人が決まり悪そうに答えると、ヤマトは腕を組んでこう言った。
「全く! お前たち何してるんだよ! エリオット様を連れて街に出るなんて!」
「ち、違うんだ。ぼくが言い出した事なんだよ! ぼくがわがままを言って、二人を巻き込んだんだ」
「でしょうね」
そう呟いたのは、ヤマトではなくクロナギだ。
クロナギはエリオットの正面に立ち、真剣な表情でこちらを見て話す。
「どうしてこんな事をしたんです? 禁城を抜け出して街に来て、何がしたかったんですか?」
「ごめんなさい……。竜騎士も侍女も連れずに自由に遊びたかっただけなんだ。ごめんなさい」
エリオットが丸い瞳をうるませて泣きそうになっていると、クロナギはそれ以上強く叱れないようだった。
ハルにそっくりな顔で泣かれると弱いのだ。
「もうこんな事しないと約束してくれ。心配なんだ」
クロナギは将来の皇帝であるエリオットに敬語で話す時もあれば、父親らしい口調で話す時もある。
「うん。もうしない。でもどうしてぼくたちがここにいるって分かったの?」
「ヤマトがずっと後をつけてたんですよ」
クロナギがそう答えると、エリオットとスズは「え?」「父さまが?」と順番に口をぽかんと開けた。
そしてミヤビも少し悔しそうに言う。
「警戒してたつもりなのに全然気づかなかった。でもどうしてヤマトさんはおれたちが禁城を出た事に気づいたんです?」
「オルガに聞いたんだよ」
「え?」
今度はミヤビも驚いて自分の父親を見る。
オルガは片方の唇の端を持ち上げて言った。
「俺を騙そうなんて百年早ぇよ。ミヤビとスズが『ハルが呼んでる』つって来た時、なんか怪しいと思ったんだよなぁ」
「……父さんがそんなに鋭いとは思いませんでした」
「お前、俺の事何だと思ってんだ。でもまぁ、ミヤビとスズを見ただけじゃ気づかなかったかもな」
「じゃあなんで……」
「エリオットの顔が全てを物語ってたからな。『嘘がバレませんように』って思ってるのが見え見えだった」
「ぼ、ぼく!?」
スズの態度でバレるのではと心配していたが、エリオットの方が分かりやすい顔をしていたようだ。
オルガは続ける。
「それで騙されたふりをしてお前らの様子を見てたんだよ。そしたら禁城を出ていくから、他の奴らにも教えて、こっそりヤマトに尾行させた」
「あなたたちの目的が何なのか知るために泳がせていたのよ」
アナリアはオルガに続いてそう説明した。アナリアたちも街に来ていたものの、あまり近づきすぎるとミヤビが気づきそうだったので、尾行はヤマトに任せて離れたところで待機していたらしい。
「――何をしに街まで来たのかと思えば、自由に遊びたかっただけなんてね」
と、そこで、オルガの後ろからひょっこりと姿を現して言ったのは、ハルだった。
「しかもそんなに一体何を買ったの?」
「か、母さまもいたの……!?」
エリオットはびっくりして叫んだ。
ハルはちょっとムッとして返す。
「いたよ! オルガが大きいから見えなかったんだろうけど、最初からいた」
ハルは長く伸びた髪を耳にかけると、クロナギの隣に立った。
そして母親らしい表情をして、エリオットに言う。
「周りに常に人がいると息が詰まるのは分かるけど、勝手に禁城を出て行くのは駄目だよ。でも、これで少しは懲りたでしょう?」
「はい、ごめんなさい……」
「どうして私たちは一人で勝手に外出できないんだと思う? どうして城の中でも護衛が側にいて、行動が制限されるか分かる?」
「……ぼくたちは、普通の竜人より弱いから」
「そうだね、それに私たちには代わりがいない。私とエリオットがいなくなってしまったら、この国に皇帝はいなくなってしまうんだよ。そしてそうなれば、最悪ドラニアスは崩壊してしまうかもしれない」
真面目な口調で話すハルに、エリオットも真剣になった。
「前に……そうなりかけたって。おじいさまが死んだ後……」
「そう。八賢竜とかから教わったでしょ? 今度私も詳しく話してあげる。今まではエリオットはまだ小さいからと思って詳しく話して来なかったけどね。竜人にとって皇帝がどれほど大切なのか、たぶん私はこの国で生まれた父さまやエリオットより、よく分かってるから」
エリオットは自分と同じ緑金の瞳を見つめ返した。
ハルは続ける。
「それにエリオットに何かあれば、竜騎士や国民たち、みんながどれほど悲しむか。みんなエリオットが次期皇帝だから心配してるというだけじゃないんだよ。エリオットが私のお腹の中にいると分かった時から国中が喜びに満ちて、生まれた時には三日三晩……ううん、それどころじゃないな、十日以上はお祭り騒ぎが続いた」
ハルはその時の事を思い出したらしく、苦笑している。
「その時から、エリオットはずっとみんなに見守られて育ってきたんだよ」
「見守られてきた……」
エリオットはその言葉にハッとした。
みんなはエリオットの事を監視していたんじゃない、見守ってくれていたのだ。
ハルはほほ笑んで言う。
「みんな、エリオットが皇帝らしく育つという以前に、ただ健康で毎日笑っていてほしいと願ってる。周りのみんなのその温かい気持ちを、自分勝手な行動で無視したくはないでしょ? 街に遊びに行きたいのなら、まずは大人たちに相談して。竜騎士をたくさん引き連れて行くのが嫌なら、その辺も考えてくれる」
「でも、前にレオルザークに言ったら、問答無用で駄目って言われた。危ないから、たくさん竜騎士を連れて行かないと街には行かせられないって」
そう反論したエリオットに、ハルは少し子どもっぽく笑って答える。
「レオルザークにお願い事をする時はね、コツがあるんだよ。それを駆使すればレオルザークは意外とお願いを聞いてくれるよ」
「そのコツって?」
「後で教えてあげる。でもすでにエリオットも時々クロナギにやってるけどね。さっきもやってたし」
「なんだろ?」
エリオットには思い当たる節がなかった。
ハルは話を戻して続ける。
「とにかく、自分はみんなにとって大切な存在なんだって自覚しないとね。自覚すると、無茶な事はしないでおこうって思うようになるよ」
「うん」
「あと、エリオットがわがままを言って二人を巻き込んだんなら、ミヤビとスズにも謝らなきゃだめだよ。敵がもっと悪い人で、私たちが後をつけてきていなかったら、二人は最悪殺されてたかもしれない」
「ころ……」
エリオットは大好きな二人が殺されてしまう場面を想像し、息をのんだ。
すると涙が勝手に溢れてきて、止まらなくなる。
「ごめんなさい~! 二人が死ぬなんていやだ……!」
エリオットはぽろぽろと涙をこぼしながら、ミヤビとスズに抱きついた。
「エリオット様……」
「大丈夫ですよ。私たち、簡単には死にません」
やがてエリオットは涙を拭くと、二人から少し離れる。そしてハルたちみんなに向かって言う。
「もう勝手な事、しません……」
目を赤く腫らし、しょんぼりしているエリオットを見て、クロナギがハルに訴えた。
「反省しているようですし、今回の事はもうこれで許しましょう」
アナリアやヤマトも頷いて言う。
「ええ、エリオット様が窮屈な思いをしていた事は事実ですし」
「ちょっと可哀想ですよね」
みんなが急にエリオットに同情し始めたので、ハルは「ええー……?」と呟いた。
ハルにそっくりなエリオットにみんな甘いのだ。
「うーん、私が厳しくしなくちゃ……。でもあまり厳しくしすぎても、エリオットはまた窮屈に感じてしまうし……」
ハルは腕を組んで悩んだ。
「子育てって難しい……」
そしてそう呟くと、エリオットを抱きしめて言った。
「とにかく、母さまも心配したんだからね!」
「うん、ごめんなさい。あの、これ、お土産で買ったの……。母さま、栗羊羹が好きだから、喜ぶと思って……」
エリオットは涙で瞳をうるませながら、路地の端に置いておいたお土産の一つを手に取った。箱を開けると、そこには美味しそうな栗羊羹が一本入っていた。
ハルはその栗羊羹を見て瞳をきらめかせ、ごくりと喉を鳴らす。
そしてクロナギたちを振り返り、ふにゃりと笑ってこう言ったのだった。
「……みんなの言う通り、今回の事はもう許そっか?」