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連載版「愛など不要ですから。お気をつけて」  作者: あとりえむ


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第9話

前方で、轟音と共に爆発が起こる。


「……やりやがったな、あの連中」


敵軍を敗走させ、前線基地へと戻る途中。

谷を渡るための唯一の生命線であった「大石橋」の数トンの石材が谷底へと消えていた。退却する敵軍が予め仕掛けていた爆弾によって、無残に破壊されたのだ。


眼下に広がるのは、氷のように冷たい川が流れる断崖絶壁。グウィン率いる追撃部隊は、この深い渓谷を前に足止めを食らっていた。


背後からは敵の別動隊が迫り、目の前は断絶。まさに袋のネズミだ。



工兵隊の責任者が、泥だらけの顔でグウィンの前に膝をついた。


「閣下、申し訳ありません!橋を再建するための木材も鉄材も、先の襲撃で焼失してしまいました。この谷を渡るには、少なくとも二週間は……」


「二週間だと?二日もあれば、背後の敵に包囲されて全滅だぞ」


ベイルが険しい表情で地図を叩く。グウィンは無言で断崖を見つめていたが、その手は腰の剣の柄を強く握りしめていた。司令官としての冷静さと、部下を死なせたくないという焦燥が、彼の背中から伝わってくる。


「二週間も待つ必要なんてありませんわ」


沈黙を切り裂いたのは、凛とした私の声だった。

私はアンナを伴い、混乱する工兵隊の真ん中を堂々と歩いて進み出た。


「おい、サラ。ここは危険だと言ったはずだ」


「グウィン、商人は常に近道を探すものです。資材がないなら、あるもので代用すればよろしいのでしょう?」


私はアンナに目配せをした。


彼女は待機させていた馬車の中から、大きな木箱を引き出してきた。中に入っているのは、目も眩むような光沢を放つ「大量の絹の布」と、鼻を突くような匂いのする「高粘度の油脂」の樽だ。


「お嬢様、準備は整っています。例の『船用』の特級品ですね」


「ええ。本来は王室御用達の豪華客船の帆になるはずだった、鉄のように丈夫な強化絹よ。それに、実家の商会が極秘に開発していた撥水性の高い軍用油脂」


工兵隊長が呆然として声を上げた。


「奥様、何を……。絹の布で橋が架かるとでも?」


「布そのものではありませんわ。グウィン、この谷には常に強い上昇気流が吹いています。これだけの布を縫い合わせ、油脂で加工して袋状にし、焚き火の熱を送り込めば……人を吊り下げて対岸へ運ぶ『籠』の浮力になりますわ」


私の提案に、ベイルが真っ先に反応した。


「なるほど!巨大な気球を作り、それをワイヤーで制御して対岸へ渡すというわけですか。ですが、肝心のワイヤーは?」


「これをご覧ください」


私は一筋の細い糸を取り出した。それは細く、けれど私の力で引っ張ってもびくともしない、特殊な合金を編み込んだ絹糸だった。


「商売敵を蹴落とすために特注させた、暗殺用……ではなく、荷吊り用の最高級ワイヤーです。これだけあれば、兵士を一人ずつ対岸へ送る架け橋になりますわ」


「……ったく、お前はどこまでとんでもない在庫を抱えているんだ」


グウィンが呆れたように笑い、けれどその瞳には勝利の光が宿っていた。


「ベイル、全軍に告げろ!工兵隊はサラの指示に従え。アンナ、お前は縫製作業の指揮を執れ。敵が来る前に、この空に橋を架けるぞ!」


「了解です、閣下!」


そこからの作業は迅速だった。アンナが兵士たちに針と糸を持たせて巨大な布を縫い合わせ、私は油脂の配合を指示して布の気密性を高めた。ベイルは対岸の岩場にワイヤーを撃ち込むためのバリスタを調整し、グウィンは迫り来る敵を食い止めるための防御陣を敷く。




数時間後、谷の空には、朝焼けに照らされた巨大な絹の袋が浮かび上がった。


「準備完了ですわ、グウィン」


「ああ。俺は最後に行く。サラ、お前はアンナと共に先に籠に乗れ」


「あら、私は最後まで見届けますわ。投資家は、自分の事業が成功するのを最後まで見守る義務がありますから」


私が不敵に微笑むと、グウィンは短く「ふん」と鼻を鳴らした。


「ったく、しゃーねーな!ベイル、殿はお前に任せたぞ!」


言うなり彼は、私の腰を抱き寄せて最初の一歩を踏み出した。


「えっ!?ちょっと!降ろしてくださいっ!」


グウィンの肩に担がれた私の視線の先には、ベイルがにやけた顔で私達を見送っていた。


「お任せください!閣下もお気をつけて!」




空中に吊るされた不安定な籠の中で、冷たい風が吹き抜ける。けれど、隣にいる大男の体温が、不思議と恐怖を消し去ってくれた。


私たちは、絶望の谷を「絹の橋」で飛び越えた。商人の奇策と武人の決断が、不可能を可能に変えた瞬間だった。


最後の部隊が気球に乗り込んだ中、グウィンは、真っ赤に燃える朝日の下で背後の断崖を振り返った。そこには、追いついてきた敵軍が、空中に浮かぶ不思議な光景を呆然と見上げている姿があった。


「勝負あったな、サラ」


「ええ。これで道が開けましたわ、グウィン」


私たちは手を取り合い、勝利を確信して凱旋への一歩を踏み出した。

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愛など不要ですから。お気をつけて 愛など不要ですから。お気をつけて

あとりえむ 作品紹介
愛など不要ですから。お気をつけて 追放された地味なメイドは和菓子職人の記憶に目覚める 忘却の対価は最果ての愛 死に戻り妻は、推しの確定ファンサをお断りしたい。 自分の娘に転生したので息子を当主にするべく暗躍します。
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