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連載版「愛など不要ですから。お気をつけて」  作者: あとりえむ


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第8話

ハンスを拘束してから三日後、前線基地のゲートに王都の紋章を掲げた黒塗りの馬車が滑り込んできた。


護衛の憲兵たちは殺気立っており、その手には王都の軍法会議が発行した「サラ・マイヤー連行状」が握られている。



「お嬢様、ネズミどころかドブネズミの群れがやってきましたよ」


アンナが毒の混じった声で報告に来た。

彼女はすでに、憲兵たちのために「特別なスパイス」を仕込んだお茶を準備している。彼らの胃腸を一時的に破壊し、物理的な行動力を奪う算段だ。


私は鏡の前で身なりを整え、冷徹な商人の仮面を深く被り直した。


「ベイル様、憲兵たちが持ってきた書類の写しを。それと、グウィンはどこかしら?」


「閣下なら、すでにあちらで『お出迎え』の準備をされていますよ」


ベイルが指差す先、基地の中央広場には、歴戦の古傷を持つ大男が、あの派手なボタニカル柄のマントを翻して立っていた 。その鋭い眼光は、近づく憲兵たちをまるで伏兵を警戒するように射抜いている 。


「もう!あの仕事バカは、力技で解決するつもりなの!?」



憲兵隊の隊長が馬車から降り、傲慢に書類を突きつけた。


「司令官グウィン・マイヤー。貴殿の妻サラを、軍需物資横領および正規業者の不当拘束の疑いで連行する。これは王都の重鎮たちの総意である。直ちに引き渡せ」


憲兵たちの手が剣の柄にかけられる。緊迫した空気が流れた瞬間、グウィンが一歩前に踏み出した。その足音が、まるで地響きのように広場に響く。



「……断る」



地を這うような低い声。グウィンは憲兵隊長を見下ろし、静かに、けれど逃れようのない威圧感を放った。


「ここは最前線だ。現在のこの基地は、俺が全権を握る軍政下に置かれている。王都の理屈が通るのは、泥を啜らぬ安全な壁の中だけだ」


「貴様、反逆するつもりか!」


「反逆ではない。司令官としての正当な権利の行使だ。俺の部隊を救い、兵站を立て直した顧問を、出所不明の紙切れ一枚で渡すわけにはいかん」


グウィンが手を挙げると、周囲の建物から弓を番えた兵士たちが一斉に姿を現した。彼らはサラの炊き出しによって命を繋ぎ、士気を取り戻した男たちだ。


憲兵たちの顔が青ざめる。

武功のみで成り上がった「死なずのグウィン」の本物の殺気を前に、王都の憲兵たちが抗えるはずもなかった 。



グウィンが物理的に場を制圧したところで、私は優雅な足取りで憲兵たちの前に進み出た。


「グウィン、そこまでになさいませ。野蛮な真似は商談に相応しくありませんわ」


私はそう言って、憲兵隊長の鼻先に一通の書類を突きつけた。


「これは、我が実家の商会の真の筆頭株主である祖父が発行した、父の代表解任状です。そしてこちらが、ハンスの隠し持っていた裏帳簿の写し。……そこには、私の父とあなたたちが担ぎ上げている将軍が、敵国へ軍需物資を横領・転売していた明らかな証拠が記されていますわ」


憲兵隊長の顔から血の気が引いていく。


「これは単なる不正ではありません。国家反逆罪ですわ。……さて、ここで私を連行して、全軍にその罪状を公開されるのと、今すぐ王都へ戻って私の両親を捕縛する手伝いをするの、どちらが商売として得か、お分かりになりますわね?」


憲兵たちは顔を見合わせ、逃げるように馬車へと引き返していった。




静寂が戻った広場で、グウィンが深くため息を吐き、私の隣に立った。


「……商人の交渉術というのは、剣よりも質が悪いな」


「褒め言葉として受け取っておきますわ、グウィン」


私はそう言って微笑み、彼の大きな手のひらに自分の手を重ねた。


泥と硝煙にまみれたこの戦場で、武人の力と商人の知略。相反する二つの力が、ようやく一つの意志として噛み合い始めていた。



 ◇ ◇ ◇



前線基地の空気は、数日前とは劇的に変わっていた。


私が商人の的確な采配で滞っていた物資を循環させ、アンナが炊き出しの陣頭指揮を執って兵士たちの胃袋を完璧に満たしたことで、絶望の淵にいた部隊の士気は爆発的に跳ね上がった。


活力を取り戻した兵士たちは、私の計算通りの補給を受けながら、飢えた狼のような勢いで敵陣を切り崩していく。

戦局は一気に逆転し、総崩れとなった敵部隊は蜘蛛の子を散らすように敗走を開始した。


グウィン率いる追撃部隊は、先陣を切って逃げる敵の背中を追って駆けている。

私は少し後方の工兵部隊に混ざり、アンナとともにその姿を頼もしく見守っていた。



完全に勝敗の決着がつき、追撃部隊が前線基地へと引き返すその最中。

事件は起きた。

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愛など不要ですから。お気をつけて 愛など不要ですから。お気をつけて

あとりえむ 作品紹介
愛など不要ですから。お気をつけて 追放された地味なメイドは和菓子職人の記憶に目覚める 忘却の対価は最果ての愛 死に戻り妻は、推しの確定ファンサをお断りしたい。 自分の娘に転生したので息子を当主にするべく暗躍します。
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