第7話
前線基地の朝は、兵士たちの無機質な訓練の声で幕を開ける。けれど、その日の備蓄庫には、それ以上に鋭く冷徹な空気が流れていた。
危険だから後方の陣営まで下がれと言うグウィンに対し、私は兵站顧問として半ば強引に彼を納得させたのだ。
私は腕組みをして、目の前に積み上げられた麻袋の一つを睨みつけていた。中身を検分すればするほど、商人の娘としての私の血が、怒りで沸騰していくのを感じる。
「……これは酷いわね。小麦に土くれを混ぜて増量するなんて、三流以下のやり口ね」
私が吐き捨てると、傍らにいたアンナが深く頷いた。
彼女は今朝早くから炊き出しの現場を回り、兵士たちの不満を「聞き上手な侍女」として完璧に吸い上げてきている。
「お嬢様、兵士たちの話では一ヶ月ほど前から急激に質が落ちたそうですわ。食事の後に腹を下す者が続出し、軍の医官も頭を抱えているとか。納入業者は『ベルグ商会』。王都でも名の知れた御用商人ですが、裏では相当なあくどい真似をしていますね」
アンナが手際よくまとめた報告を聞きながら、私は持ち込んだ手元の帳簿に数字を書き込んでいく。そこへ、苦笑いを浮かべたベイルがやってきた。
「奥様、あまり根を詰めすぎないでください。グウィン閣下も心配しておられましたよ。……もっとも、閣下自身もこの物資不足には疑念を抱きながら、証拠を掴めずにいたのですが」
ベイルは周囲を警戒するように見回すと、懐から一冊の薄い冊子を取り出した。軍が公式に記録している物資の受領書だ。
「これが軍側の記録です。表向きは最高級の物資が届いていることになっています。ですが、現場に届くのはこの惨状だ。……奥様、商人の目から見て、この差額はどこへ消えたと思われますか?」
私はベイルから受け取った記録と、自分が把握している市場価格を瞬時に照らし合わせた。私の頭の中で、商談用の計算盤が高速で回転を始める。
「……答えは簡単です。軍の上層部と業者が結託し、差額の四十パーセントを中抜きしていますわ。この規模なら、一回の納入で屋敷が一軒建つほどの利益が出ているはずです」
私の言葉にベイルが息を呑む。ちょうどその時、軍の正面ゲートから肥え太った男を乗せた馬車が入ってきた。
ベルグ商会の代表、ハンスだ。
彼は自分の不正が暴かれているとも知らず、不敵な笑みを浮かべてこちらへ歩み寄ってくる。
「おや、これは麗しい奥方様だ。軍の兵站顧問に就任されたと聞き、挨拶に伺いました。女子供に戦場の台所事情がわかるとは思いませんが、まあ精々お気張りなさい」
ハンスの露骨な蔑視に、アンナの眉がピクリと動く。けれど私は、優雅な微笑を彼に向けた。
「ご挨拶ありがとうございます、ハンス殿。女子供の浅知恵ついでに伺いたいのですが……この『一等小麦』の請求書、今の市場価格より三割も高いのはなぜかしら?まさか、土の重さまで金貨に変える錬金術でもお使いなのですか?」
ハンスの顔から余裕が消え、みるみるうちに赤黒く染まっていく。彼は声を荒らげた。
「な、何を無礼な!これは輸送費や危険手当を含めた正当な価格だ!軍の上層部も承認していることだぞ!」
「輸送費?おかしいですわね。あなたが使っている街道は、私の実家が独占権を持つルート。通行記録を調べれば、あなたの馬車が積載量を偽って過少報告しているのは一目瞭然です。……ベイル殿、軍規において『軍需物資の横領および虚偽報告』の罰は何でしたかしら?」
「即刻、拘束。最悪の場合は極刑ですね」
ベイルが楽しげに答え、彼の指示で周囲の兵士たちが一斉にハンスを取り囲む。
逃げ道を失った男は、その場に崩れ落ちた。
「……お前は、自分が何をしているのかわかっているのか!王都の重鎮たちが黙ってはいないぞ!」
「黙らせればよろしいのでしょう?商談は、相手の弱みを握った方が勝ちなのですから」
私は冷淡に言い放ち、兵士にハンスを連行させた。その様子を、少し離れた場所からグウィンが静かに見守っていた。
彼は歩み寄ると、私の肩に手を置いた。不器用なほど大きなその手は、昨夜と同じように温かい。
「……見事な手際だな」
「当然ですわ。私の投資先を食い物にする輩を、生かしておく理由がありませんもの」
「……ったく、しゃーねーな。どうあっても帰らないつもりか」
私はわざとらしくため息を吐き、グウィンの顔を見上げた。彼の瞳には、かつての敵を警戒するような鋭さはなく、確かな信頼の色が宿っていた。
戦場の兵站という泥沼の戦い。
けれど、この不器用な武人と、計算高い商人の娘が手を組めば、どんな闇も切り裂けるような気がしていた。











