第3話
前線の野営地にその派手な包みが届いた時、グウィンは頭を抱えていた。
「なんだこれは。俺に戦場で的になれと言っているのか」
広げられたマントのあまりの鮮やかさに、周囲の兵士たちは目を丸くし、やがて吹き出した。
「閣下、素晴らしい花婿のマントですね。奥様からの熱烈な愛情表現じゃないですか」
補佐官のベイルが腹を抱えて笑う。
グウィンは渋い顔で舌打ちをしたが、決してそのマントを突き返すことはしなかった。
「ったく!しゃーねーな!」
乱暴な口調とは裏腹に、彼はその派手なマントを丁寧に軍服の上に羽織り、しっかりと留め金を締めた。
◇ ◇ ◇
その頃、王都の屋敷の厨房では、私と侍女のアンナによる秘密の特訓が始まっていた。
「違いますお嬢様、火が強すぎます!もっと弱火でじっくり煮込まないと、お肉が硬くなってしまいますよ!」
「もう!鍋の火加減なんて、帳簿の数字よりずっと難しいじゃないの!」
煤で顔を汚しながら、私は木べらを握りしめて悪戦苦闘していた。
商会のツテで集めた、体を温め滋養をつける貴重なスパイスの数々。それらをふんだんに使った軍人風商家の煮込みを作れるようになるのが、今の私の目標だ。
政略結婚とはいえ、彼は私の夫なのだ。
いつかあの仕事バカがひょっこり帰還した時に、冷え切った食事を出すわけにはいかない。
「最高の一皿で出迎えて、彼の胃袋ごと私のペースに巻き込んでやるんだから」
軍からの急報が届いたのは、私が煮込み料理のスパイスの配合にようやく納得できた日の午後だった。
死なずのグウィン率いる部隊が、敵の猛攻を受けて孤立。その後消息を絶ち、軍上層部は彼らを戦死扱いとして処理したというのだ。
手の中の紙片が、パラリと床に落ちた。
「あの不器用な大男が死んだ? そんなはずがない。だって、私があんなに派手なマントを送りつけたのだから……。 あんなものを着て死んだら、敵の笑い者じゃないの」
悲しみに暮れる暇すら、私には与えられなかった。
報せを聞きつけた両親が、即座に屋敷に乗り込んできたからだ。
彼らの顔に悲哀の色は一切なく、あるのは醜いまでの歓喜だった。
「英雄の未亡人という極上の箔がついたお前なら、次はもっと王家のお偉方と政略結婚ができる」
そう言い放った父親の顔を、私は一生忘れないだろう。
──ふざけないで!
私の口から出たのは、氷のように冷たい声だった。
両親の冷酷な言葉が、私の中の商人の血を完全に沸騰させた。
(あの仕事バカは、私の無理難題に文句を言いながらも必ず応えてきた。こんなところで勝手に死ぬような男じゃない)
私はすぐさま実家の商会の帳簿を引っ張り出し、軍部への流通経路を全て洗い出した。両親は商売の拡大に夢中で、実務の大半を私に任せきりにしていたのが運の尽きだ。
私は商会の筆頭株主である祖父の署名と印を盾に物流を凍結。実家が軍に納品するはずだった大量の補給物資を、私個人の名義で全て差し押さえた。
「今日限りで、私はあなたたちと縁を切らせていただきます」
怒りで青ざめる両親に絶縁状を叩きつけ、私は屋敷を飛び出した。
「アンナ、馬車に物資を積みなさい。最前線へ行くわよ」
炊き出し用の巨大な鍋と、ありったけのスパイスを抱え込んだアンナが、力強く頷いた。
「もう!あの仕事バカは何を考えてるの!私が直接文句を言いに行ってやるんだから!」
私は自ら手配した長大な馬車の列を率いて、夫が消えた最前線の基地へと力強く馬を走らせた。











