第13話
王都の屋敷にある私の執務室は、重苦しい沈黙に包まれていた。
「お嬢様、西部からのスパイスの入荷が完全にストップしました。北部の小麦も、関所で足止めを食らっているとのことです」
アンナが次々と読み上げる報告書は、どれも絶望的な内容ばかりだった。
「ギルドの仕業ね。オズワルド・ウォルシュ……伝統と格式を重んじる特権商人ギルド長が、本気で私たちを潰しにかかってきたというわけだわ」
私は机に広げられた地図を睨みつけた。
陸路の主要な街道、関所、問屋。
その全てにギルドの息がかかっている。
彼らは馬車の手配まで完全に封鎖し、マイヤー商会の物流を文字通り干上がらせようとしていた。
「このままでは、数週間で商会の在庫が尽きます。軍への納入も滞れば、違約金で破産です……」
焦るアンナの言葉に、私は商談用の計算盤を弾きながら冷静に答えた。
「慌てないで、アンナ。商人は行き止まりにぶつかったら、新しい道を作ればいいだけのことよ」
「新しい道、ですか?でも、陸路は全て……」
「ええ、陸路は全てギルドに押さえられているわ。だったら、陸を通らなければいいのよ」
私の視線は、地図の端に広がる広大な青い領域に注がれていた。
「海……王国の港を使うということですか?」
「その通りよ。海路を使えば、ギルドの関所も問屋も関係ない。大量の物資を一気に運べるわ」
「……問題は、その海を誰が支配しているかということだけれど」
私は立ち上がり、屋敷の裏手にある訓練場へと向かった。
そこでは、非番のはずのグウィンが、部下のベイルたちを相手に容赦のない模擬戦を行っていた。
木剣が激しくぶつかり合う鈍い音が響いている。
私が訓練場に足を踏み入れると、グウィンはすぐさま動きを止め、こちらへ歩み寄ってきた。
「どうした、サラ。そんな怖い顔をして」
汗を拭う彼に、私は持っていた地図を突きつけた。
「グウィン、ギルドの妨害で陸の物流が完全に止められました。このままでは商会は干上がってしまいます」
グウィンの瞳に鋭い剣呑な光が宿る。
「……ギルドの連中め。俺が武力で関所をこじ開けてこようか」
「野蛮な真似は駄目ですわ。それでは一時しのぎで根本的な解決になりません。ですから……あなたに、次なる無理難題をお願いしに来ましたの」
私がそう言うと、グウィンはわずかに眉を上げ、ベイルは「また始まりましたか」と楽しそうに笑った。
「グウィン、王国の港を使えるように、海軍と交渉して独自の海上ルートを開拓してきてくださいな」
私の要求に、グウィンの顔が目に見えて引きつった。
「……海軍だと?お前、俺が陸軍の人間だと知ってて言っているのか。陸と海は昔から犬猿の仲だ。それに、俺は海のことなんて微塵も知らないぞ」
「だからこその無理難題ですわ。相手はあの気性の荒いバルトロメオ・ドレイク提督です」
「生半可な商人や文官が行っても、交渉の前に海へ放り込まれるのがオチでしょう?彼と対等に渡り合えるのは、あなたのような規格外の武人しかいません」
「無茶苦茶な理屈だな……」
グウィンは頭を掻きむしり、大きなため息を吐いた。
しかし、私をまっすぐに見つめ返すその瞳には、すでに逃げる気など一切ない確かな決意が宿っていた。
「……ったく、しゃーねーな!」
その聞き慣れた呆れ声に、私は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、グウィン!もちろん、丸腰で死地に赴かせるような真似はしません。とびきりの武器を持たせてあげますから」
陸軍の軍神が、犬猿の仲である海軍に単身で乗り込む。
常識で考えれば自殺行為に等しいこの商談を成功させるため、私は厨房のアンナに向かって新たな指示を飛ばした。











