第1話
こちらは短編「愛など不要ですから。お気をつけて」の連載バージョンになります。
すでに短編をお読みの方は第6話からが続編となります。
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「愛など不要ですから。お気をつけて」
出征の準備を整えた無骨な軍服姿の真新しい夫へ向けて、私は冷ややかに言い放った。
政略結婚の翌朝にいきなり最前線へ送られる夫にかける言葉としては、我ながら可愛げの欠片もないと思う。けれど、商人の娘としての矜持が、これ以上の甘い言葉を紡ぐことを許さなかった。
私の名前はサラ。
中堅商会を営む両親の長女として生まれ、そして昨日、彼、グウィン・マイヤーの妻となった。
両親にとって、私は実家の利益を拡大するための便利な手駒でしかない。軍部との太いパイプを作り、武器や物資の独占販売を目論む彼らが目をつけたのが、若くして軍の司令官にまで登り詰めたグウィンだった。
「死なずのグウィン」
それが彼の異名だという。
数々の激戦を生き抜き、武功のみで成り上がった強面の軍人。
実際、簡素な結婚式で初めて顔を合わせた彼は、噂通りに威圧感のある大柄な男だった。顔には歴戦を思わせる古傷があり、鋭い眼光は結婚相手の私を射抜くというより、まるで敵の伏兵を警戒しているかのようだった。
初夜の寝室は、まさに地獄のような気まずさだった。
薄暗い部屋の中で、私たちは互いに一言も交わすことなく、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
彼は不器用なのか、それとも私に微塵も興味がないのか、気の利いた言葉一つかけてこない。
だったら私から媚びを売る義理もない。
商談において、先に沈黙に耐えきれず口を開いた方が負けだ。
私は商人の娘としてのプライドを盾に、ベッドの端で背筋を伸ばし、毅然とした態度を貫いた。
結果として、私たちの間にあった分厚い壁は、1ミリも薄くなることなく朝を迎えたのである。
そして、急な出征命令が下った。
申し訳なさそうに視線を彷徨わせる彼に対して、私は冷徹な仮面を被った。
「愛など不要ですから。商売敵よりはマシな相手に出会えたと思っていますわ。どうぞお気をつけて」
私の言葉に、グウィンは何か言い返そうと口をわずかに開いたが、結局「……ああ」とだけ短く返し、逃げるように屋敷を出て行った。
カチャリ、と重厚な玄関の扉が閉まる音が、異様に大きく響いた。
彼が去った後の広い屋敷には、私と数人の使用人だけが残された。
「本当に、仕事バカなんだから……」
強がって吐き捨てた言葉は、誰に届くわけでもなく虚空に消えていく。
政略結婚なんて、お互いに利用し合うだけの関係だ。彼が不在の方が、気楽でいいに決まっている。
そう自分に言い聞かせているはずなのに。
胸の奥にポッカリと穴が空いたような、名状しがたい寂しさがこみ上げてくるのは、一体なぜなのだろうか。
広い屋敷での生活は、思いのほか退屈だった。
夫が不在で気楽だと思っていたのは最初の数日だけで、次第に持て余した時間は私に余計なことを考えさせた。
最前線は今どうなっているのか……
あの不愛想な大男は、無事に生きているのか……
そんな心配が胸をよぎるたび、私はわざとらしくため息を吐いてみせた。
「もう!あの仕事バカは何を考えてるの!」
傍に控える侍女のアンナがクスクスと笑うのを横目に、私は上質な便箋を取り出した。
素直に安否を気遣うなんて、私の中の商人の娘としてのプライドが許さない。だったら、彼が困り果てるような、とびきりの無理難題を押し付けてやろう。
『西の渓谷に咲くという、幻の青いリンドウの押し花が見てみたいですわ。次のお手紙に同封してくださいませ』
嫌がらせのような要求を流麗な文字で綴り、封蝋をして軍の郵便配達人に託した。











