昼の転落
昼の光が、屋上を白く焼いていた。
十五階のフェンスに片足をかけ、木村明は風に髪を揺らされていた。
空は高く、雲一つない青。
下界は遠く、ただのぼんやりとした色のかたまりでしかない。
誰もこちらを見上げない。
その無関心が、静かに胸に染み入った。
「日々の充実感がない」
ただ、それだけだった。
野心がないわけではない。才能がないわけでもない。
ただ、毎朝同じ灰色の膜が視界を覆い、
同じ味の空気を吸い、同じ言葉を繰り返し、同じ夜を迎える。
その繰り返しが、皮膚の下でゆっくりと腐食を進めていく。
いつからか、頭の奥に根を張った声は、自分の声のように自然になっていた。
――飛び降りろ。
楽になるぞ。
誰も悲しまない。お前なんか、いなくても何も変わらない。
その言葉は、優しく、冷たく、耳の奥で響き続ける。
抵抗する気力すら、すでに削り取られていた。
明は深く息を吸い、目を閉じた。
肺に満ちる乾いた空気が、最後の感触のように思えた。
そして、体を前に押し出した。
落ち始めた瞬間、世界が引き伸ばされた。
風が耳元で唸り、服が激しくはためく。
視界の端で、壁が高速で後退していく。
地面が、急速に、貪欲に近づいてくる。
死は、思ったより静かだった。
少なくとも、この数秒間は。
心臓の鼓動だけが、耳の奥で大きく鳴り響き、
それ以外は何も聞こえなかった。
明は、落ちながら、ふと思った。
これで終わるなら、悪くない。
落ちる。
落ちる。
落ち続ける。
空は、まだ青い。
光は、まだ白く、容赦なく照らしている。




