043 男爵vs町長
「あなたは……!」
私を見た途端、騎士の口調が変わった。
名乗るまでもなく私のことを知っているようだ。
それでも名乗っておくことにした。
「この町の町長を務めております、マリア・ホーネットと申します。繰り返しになってしまいますが、列にお並びいただけますでしょうか?」
「……かしこまりました」
騎士は反論することなく列の最後尾に向かう。
「これはこれは、マリア殿ではございませんか!」
すると、今度はフリードがやってきた。
声を弾ませて笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
(これは問題になりそうね)
私は直感した。
「フリード様、お久しゅうございます。遠路はるばる我が町へお越しいただき誠にありがとうございます」
「いやはや、実に盛況ですなぁ! どこを見渡しても行列ができており、とても片田舎の町とは思えませんなぁ!」
「恐縮です。美味しいハンバーガーがたくさんございますので、どうぞお楽しみくださいませ」
「無論、私もそうしたいのですが、どの店も人が並んでおり、これでは数あるハンバーガーを堪能することはできません。かといって、私は忙しい身ですから、ここに長期滞在することも、何度も訪れることもできません」
「つまり、優先的にハンバーガーを販売してほしいということですか?」
野次馬と化した町民や観光客が、不安そうに私を見ている。
「お金なら通常の3倍お支払いします。それでよろしいですかな?」
案の定、フリードは自分を優先するように求めてきた。
私が騎士を最後尾に並ばせたことが不快だったのだろう。
平民と同じ扱いをされたくないという貴族の本音が表れていた。
「もちろん――」
私はニコッと微笑んだ。
「――お断りします」
「なっ……!」
フリードが口をぽかんと開ける。
野次馬たちも驚いていた。
「フリード様、今回の来訪は公務ではございませんよね?」
「そうだが……」
フリードは右の眉をピクピクさせている。
「であれば、この町では誰もが平等です。特別扱いはいたしません。たとえ大貴族のフリード様であろうと、きちんと列にお並びいただきます」
「マ、マリア殿、それは些か無礼ではございませんか……?」
フリードは声を震わせた。
首筋が赤くなっており、必死に怒りを堪えているのがわかる。
「無礼といいますと?」
「貴族は平民よりも厳しい法律によって行動が制限されています。それなのに平民と同じ扱いというのは、私に対して……いや、常識的に考えて問題がありますよ。あなたの言い分では、国王陛下であろうと公務でなければ並ばないといけないことになってしまう」
フリードの語気が後半になるほど強まった。
「申し訳ございませんが、フリード様と議論するつもりはございません。この町の町長は私であり、公務でない以上、私の決めたルールに従っていただきます。そして、私のルールでは誰もが平等です」
「国王陛下に対しても同じことを言えるのか?」
いよいよ丁寧語を維持できなくなるフリード。
対する私は冷静に答えた。
「もちろんでございます。たとえ目の前にいるのがフリード様ではなくガブリエル国王陛下であろうと、私は列の最後尾にお並びいただくようにお願い申し上げます。例外はございません」
場が静寂に包まれる。
ルッチが「まずいっすよ」と耳打ちしてきた。
野次馬たちも「さすがにやばくないか?」などと話している。
「無礼だぞ! そんなふざけた話が通じるか! マリア殿、そなたは私が男爵だからと見下しているのだろう? 何が『国王陛下であろうと列に並んでいただくように申し上げる』だ! 嘘をつくな!」
フリードが怒鳴り散らす。
「私の対応にご不満があるのでしたら、レオンハルト公爵に申し立てを行い、貴族の作法に則って正式なルートで抗議してくださいませ」
「貴様! どこまでも私を愚弄するつもりか!」
フリードが大股で近づいてくる。
「フリード様! いけません!」
「ここで問題を起こすと公爵家との関係に響きますよ!」
フリードの騎士やバイホーンが駆け寄ってきた。
彼らはフリードの前に立ちはだかり、必死になだめている。
「お前らだって私と同じ気持ちだろう! どうして男爵の私が平民と同じ列に並ばないといけないんだ! おかしいだろ!」
「おっしゃるとおりです。しかし、〈ドーフェン〉の町長はマリア様です。ここではマリア様のお決めになったルールに従う必要がございます」
そう言うと、バイホーンは振り返って私を見た。
「マリア様、平等を大事にされるお気持ちは理解できますが、ここは何卒フリード様のお顔を立てて優先権を与えていただけないでしょうか? ご存じのとおり、我々は男爵領でも商売をしております。男爵家との関係悪化は公爵領の収入にも響きます」
「バイホーン様、申し訳ございませんがお断りいたします」
私は迷わず拒否すると、フリードとの距離を詰めた。
バイホーンや騎士たちを退かせて、フリードの目の前に立つ。
「列にお並びいただけますか? それともお帰りになりますか?」
「ぐっ……」
フリードは唸り、私を睨みながら呟いた。
「並ばせていただく」
「ご理解いただきありがとうございます。では、最後尾へどうぞ」
フリードは「ふん!」と鼻を鳴らしながら列に並ぶ。
それから騎士に怒鳴って、他の店にも並ばせた。
「マジで男爵を並ばせたぞ……」
「マリア様、すげぇな」
「男性にも臆さないなんて……!」
「同じ女性として憧れるわ!」
野次馬たちが私に拍手喝采を送った。
一方、ルッチとバイホーンは不安そうだ。
「マリア様、本当に大丈夫なんすか?」
「フリード様は根に持つタイプです。きっと問題になりますよ。何か手を打ったほうがよろしいかと……」
「問題ございません」
私はフリードを一瞥した。
列の最後尾で、恨めしげに私を睨んでいる。
バイホーンの懸念どおり、何かしらの報復を考えていそうだ。
しかし、どんな報復だろうと怖くない。
フリードが私にできることなど高が知れているからだ。
「それではルッチさん、行きましょう」
「え?」
「お腹が空いているのでしょう? 手料理を振る舞いますよ」
「あ! そうだった! 言われたらまたお腹が空いてきた!」
「私も少し小腹が空いてきましたので、一緒に冷蔵庫の食材を食べ尽くしましょう!」
雑務が片付いたので、私はルッチと自宅に向かった。
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