042 フリード・ステイシア
バイホーンは満面の笑みを浮かべながら詳細を教えてくれた。
「公爵領で商売したがっている商人はたくさんいます。ただ、他領で商売するにはさまざまな制約がありますよね。そこで、商人に公爵領へ移住してもらっています。個人として移住する分には、領外移住費の1万ルクスと輸送費の支払いだけで済みますし、大貴族とのしがらみもございません!」
どうやら合法的に人を集めているようだ。
しかし――
「あまり派手に引き抜くと問題になるのではございませんか? 少なからず他領の経済状況に悪影響を及ぼしますから」
「私は問題ないと考えます。たしかに、引き抜かれた側の領主は嫌な顔をするかもしれません。しかし、裏を返せば引き抜かれるような環境しか用意できないのが原因なわけですから、文句があるなら改善すべきなのです」
「なるほど」
バイホーンの言い分には筋が通っている。
きちんとルールに則っているのだから法的には問題ない。
とはいえ――
(このまま野放しにしていると、いずれ大きな問題になるわね)
大貴族は、毎月、〈大評定〉のため王都に集まっている。
そこでレオンハルトが他の大貴族から集中砲火を受けかねない。
仮にそうなった場合、レオンハルトは反論するだろう。
今のバイホーンと同じ主張……すなわち正論で殴り返すはずだ。
だが、必ずしも正論を言えばいいというものではない。
他の大貴族が反発して結託することで、〈万能ショップ〉の安易な濫用を迫られる可能性もある。
(先に手を打っておこう)
この件の解決策は簡単だ。
他領の商人も〈ドーフェン〉で商売ができるようにすればいい。
その商人が得た利益からは税金を取らず、各地の領主へ納めてもらう。
これにより、町の税収は伸び悩むだろう。
減りはしないが、今までのようには増えないはずだ。
また、公爵領の商業ギルドからは反発が予想される。
しかし、事情を説明すれば納得してもらえるだろう。
レオンハルトはあっさり受け入れるはずだ。
むしろ、他の大貴族に恩を売れて喜ぶに違いない。
細かい条件を詰めて、次の円卓会議で提案しよう。
「バイホーン様、これからもよろしくお願いします」
私は笑顔で会釈して、話を打ち切った。
◇
その後も、私は町の中を見て回った。
町民に話しかけて、不満がないかを確認する。
「マリア様のおかげで町が活気づいて嬉しいぞ!」
「不満があるとすれば、〈ドーフェン〉が発展しすぎて都市部に行く気がしなくなったくらいです!」
町民たちは現状に満足しているようだ。
もちろん、全員が「最高!」と口を揃えているわけではない。
「賑やかなのは結構だが、知らない顔が増えて自分の町に思えなくなったのう」
「この前、スリに遭ったんだ。衛兵が捕まえてくれたからお金は無事だったけど、昔はそもそもスリなんか起きなかった」
多少ではあるが、人口増加に伴う不満が聞こえた。
主に高齢者――45歳以上――の意見だ。
「すみません……。皆様のお声を真摯に受け止めて、改善策を考えさせていただきます」
不満を言う町民に対しては、丁寧に謝った。
すると、一転して「謝る必要はない」と言われた。
「町長様が頑張っているのは知っているんじゃ。わしの不満というのは、ただのわがままなんじゃよ」
「俺のようなおっさんになると、新しいものに抵抗があるだけなんだ。昔と今のどっちがいいかって言われたら、絶対に今のほうがいいよ」
不満はあるものの、成長の代償として受け入れているようだ。
「マリア様ー、ちょっとハンバーガーでも食いませんかー? お腹空いてきたっすよ!」
ルッチがお腹をさすりながら言う。
「わかりました。では、このお店に並びましょう」
私はすぐそばのハンバーガー屋を指した。
町民が営業している店で、〈ドーフェン〉でも屈指の人気店だ。
「えー! 並ぶんすか? 町長権限で優先してもらいましょうよ!」
「そのような職権濫用はいたしません」
〈ドーフェン〉では皆が平等だ。
公務でない限り、貴族であろうと列に並んでもらう。
当然、町長だからといって順番を抜かすことはない。
「マリア様は堅すぎっすよー! いくら『貴族は民の模範たれ』といっても、他所ではもっと柔軟に対応していますよ! 融通ってものがあるじゃないっすか!」
ルッチが不満そうに唇を尖らせる。
「今日のルッチさんはいつになくわがままですね」
「それだけお腹が空いているんすよ! むしろ、マリア様はどうして平気なんすか? そんなに重そうなドレスを着て動き回っているのに!」
「私は朝と昼をしっかり食べていますので。それより、お腹が空いてたまらないのなら私の家に行きますか? 冷蔵庫に何かしら残っていたはずですから、あり合わせでよろしければ作りますよ」
「いいんすか!?」
ルッチが大きな声で言う。
話を聞いていた周囲の人間が、羨ましそうに彼を見ている。
「かまいませんよ。料理は好きですし、このあとに公務の予定なども入っていませんから」
「やった! じゃあ、お願いします! マリア様の手料理を食べられるとか、めちゃくちゃ熱くないっすか!? 周りから付き合っていると思われるかも!」
私は「ふっ」と笑った。
「付き合っていると思われることはありませんよ。私はよく手料理を振る舞っていますから」
「え……? でも、俺は今までに一度も誘われたことがありませんよ?」
「ルッチさんは他の女性を口説くのに忙しそうなので、普段は避けていました」
「そんなー!」
ルッチが大げさに崩れ落ちる。
「ほら、行きますよ」
私は笑いながら歩き始めた。
しかし、何歩か進んだところで足を止める。
「おい! あれって……!」
「すごいお方が来たぞ!」
などと観光客が騒いでいるからだ。
町民たちもどよめいていた。
全員が同じ方角に目を向けている。
「あれは……」
皆が何に驚いているのか、振り返った瞬間にわかった。
騎士を随伴させた立派な馬車が町に近づいてきていたのだ。
馬車の装飾を見ながら、私は呟いた。
「ステイシア家の馬車ですね」
「ステイシア家って……まさか男爵様ですか!?」
ルッチが驚く。
「フリード男爵が乗っているかは不明ですが、ステイシア家の馬車であることは間違いありません。ただ、騎士を随伴させているので、おそらくフリード男爵が乗っているのでしょう」
話していると、少し離れたところで馬車が停まった。
随伴の騎士が馬を下り、客室の扉を開ける。
すると、重厚なローブを着た中年の男が降りてきた。
大方の予想通り、フリード男爵だった。
公爵家と良好な関係を築きつつ、侯爵家とも仲がいい外交達者である。
悪い言い方をすれば「コウモリ野郎」だ。
「マリア様、公務のご予定はないんじゃ……?」
ルッチが不安そうに尋ねてくる。
私は「はい」と頷いた。
「フリード男爵が来訪されることは伺っておりません」
アポなしの訪問だ。
(こういう場合、どう対応したらいいのだろう?)
近づいていって挨拶すべきか、素知らぬ顔で待っているべきか。
悩んでいると、フリードが動き出した。
「誰か宿を確保してこい。残りは手分けしてハンバーガーの調達だ」
「「「ハッ!」」」
騎士たちが動き出す。
「どうやら公務ではなく、純粋に観光で来たみたいですね」
「ほへぇ! 大貴族が直々に観光っすか! しかも他領に!」
ルッチが言うと、周りの人間が「すげぇ」と感嘆していた。
(観光で来ているようだから放っておこう。私が話しかけたら、かえってリフレッシュの邪魔になりかねないし)
そう思い、私は気にしないでおくことにした。
しかし、すぐに考えを改めることになった。
「失礼、フリード様のハンバーガーを買わせていただく」
フリードの騎士たちが割り込みを始めたのだ。
さも当然と言いたげな顔で列の先頭に立とうとする。
「おい、ちゃんと並べよ!」
もちろん観光客は不満を言う。
これに対して、騎士は語気を強めて言い返した。
「俺はフリード様の代わりに並んでいる。俺に並べと言うのは、フリード様に並べと言うのと同義。お前は大貴族に命令するつもりか?」
こう言われると、観光客は怖くて言い返せない。
目を伏せて「なんでもないっす……」と言葉を濁した。
「申し訳ございませんが、列にお並びいただけますでしょうか?」
だが、私には通用しない。
すぐさま横柄な騎士に近づき、強い口調で言った。
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