49-7 同意疎通
「なにどしたの?」
「ああいや、何でもない」
「……そう? ならいいけど、さあ帰るわよ!」
怪訝そうな顔を浮かべつつも莉緒は踵を返すと空き地を出るため歩き出した。
俺もまた一歩進むたびにズシリと肩にのしかかる重さに耐えながら彼女の背を追う。
(行きはよいよい帰りは怖い。ははは、肩が死にそう……わりと冗談抜きで……)
愛しの我が家までざっと見積もっても15分はかかる。少しでも意識を逸らさないと肩がもちそうにない。脂汗をかく俺とは対照的に、後ろで手を組みステップを刻む莉緒に声をかける。
「そういやさ、あの時何を言おうとしたんだ?」
「うん? なんの話?」
「あれだよ、あれ。手合わせ前になんか俺に言おうとしただろ」
「あれは……なんでもない、なんでもないわよ!」
機嫌を損ねてしまったらしく、その話題を振った途端に莉緒の歩行速度が増す。追いつくために俺もまた肩を犠牲にして早足に切り替える。本来の目的を見失った愚行。俺自身も理解しているけど、黙々とただひたすら歩くよりも会話したほうが精神的にも良い。
「そんなに急ぐなよ。こうやって二人で歩くのも久しぶりなんだしさ、ゆっくり帰ろうぜ。聞いてんのか莉緒、莉緒さーんって! 俺の幼馴染の彼我結莉緒さ~ん、立ち止まってくださーい!!」
俺の神がかった演技が功を奏したのか莉緒の足がピタリと停止する。
「はあ良かった。止まってくれてありがとうな莉緒」
「…………」
棒立ちの莉緒に感謝の言葉をかけるが反応がない。真横で声をかけているというのに無反応。完全に無視を決め込んでいる。今度は一体どんな地雷を俺は踏んでしまったのか。クエスチョンマークが脳内を駆け巡るが、もちろん答えなど出るはずもない。
「どうした莉緒? 急に黙られると困るのだが……俺、お前が気に障ることを言った? もしそうなら謝る。この通りだ、ごめん。ノンデリ野郎で申し訳ない」
正面に移動し深々と頭を下げる。
「……凪のせいじゃないわよ。だから、その顔あげなさいよ」
「えっあーそうなの。謝って損したわ。で……?」
「そういうことがノンデリだって言うのよ……はあまあいいわ。あたしもね、あんたと同じ気持ちだったから戸惑っただけだし……」
「……つまりはどういうことだ?」
「あー! だー! だからぁ! あたしも凪と二人っきりになれて嬉しかったって言ったのよ!!」
「……ああそうだったのか。ふむ、そっか。なんかアレだな。面と向かって言われると照れるな……」
なんか無性に気恥ずかしくなってきた。
莉緒の顔を見ると真っ赤に染まっている。
鏡で見たら俺も同じ顔をしていることだろう。
「あと……今このタイミングで訊くべきじゃなかったかもしれん……マジですまん……」
「えっなに言ってん……ウ・ソでしょ……」
その言葉を合図に莉緒の顔が真っ青に染まっていく。
現時刻は朝の8時、そしていま俺達が歩いている道は通学路に指定されている。夏休みだから油断していた。補習組と鉢合わせてしまった。バッタリと出くわした相手は、1年E組でしかも莉緒のことを敬愛している三バカ。
鳥見香名、佐咲蘭、三鬼雲母。この三人であれば、ここで出会ったことも黙っていてくれる。墓まで持って行くってくれることだろう。
ただあの三バカも恋バナが大好物な女子高生であることには変わりない。今後は秘密を守る対価として、あれこれ訊いてくるのは間違いないだろう。必要経費として差し障りのない範囲内で語るとしよう。
そんな俺の心境をよそに莉緒は、血走った目で三バカに駆け寄ると口止めを開始し始めた。口元に人差し指を当てジェスチャーを行ったり支離滅裂な言い訳を口にしたりと、関係者の俺ですらも顔を覆いたくなるほどの羞恥の数々。
必死の形相の莉緒に相対して、三バカは恍惚な表情を浮かべ耳を傾けている。その対比がおかしくて自然と笑みが零れてくる。
「ふ、ふふふ……」
「笑ってないで凪もなにか言いなさいよ!」
「ああごめんごめん。俺も同意見だ」
「う、うん? なにに対して?」
「そりゃもちろん。俺も莉緒と二人っきりになれて嬉しかったってことさ」
「嬉しいけど、嬉しいけどもぉ!? いまそれ言っちゃダメなやつうぅ――!!!」
悲鳴に近い歓喜の声をあげ莉緒を取り囲む三バカ。ルークが転生前の年齢だったら、きっとこの光景を肴に一献していたかもしれない。それほどまでに賑やかで有意義な時間に思えた。
そんな他愛の無い日々が永久に続くように世界を維持する。それが管理者代行である俺の役目だ。今回も俺達が勝ち取ってみせる。猶予を与えたこと後悔させてやるから、首を洗って待っていろよ駄女神。
決意を再表明し一人帰路を急ぐのであった。視覚の外に出た瞬間に鞄をお手軽収納術に収納したのは言うまでもない。
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