49-3 軟弱脆弱
パチリと目が覚めた。
今朝の目覚めも悪くない。
そんな晴れやかな気分からの第一声が「……う~ん絶不調♪」である。筋肉痛とはまた違う、痛みよりも気だるい感じだ。だからといってこのままベッドの住人になるわけにもいかない。
現時刻を知るためにベッド横のサイドテーブルに目を向ける。
目覚まし時計は朝5時を指し示そうとしているところだった。
「アラームが鳴るまで残り10秒弱か。がんばれぃ~俺」
鉛のように重たい腕を気合で動かし時計の上部ボタンを押す。押したというよりも叩いたといったほうが近いのかもしれない。というか、重力にひれ伏したといったほうが正解か。
仕事を終えた左腕を掛け布団の中に戻そうにも力が入らない。
一旦はこのままでいいや、どうせすぐにベッドから出るんだし……。
こうなった原因も分かっている。夏休みに突入したこともあって、ここ数日朝から晩まで武具を振り回していたからだ。ただ首すらも動かすのが億劫だと思えるほど疲労困憊になるとは予想だにしなかった。勇者時代でもそうそう経験したことがない。今の俺は自分が思っている以上に全能力が低下しているということか。この程度の疲労など当日、遅くても翌日のうちに完治していたというのに。
「若返ったはずなのにな……」
今日は休めと身体が訴えかけてきているようだ。その意見には大賛成なのだが、如何せん脳がそれを拒んでくる。身体は疲れているのに脳が冴えて眠れない現象。寝起きでその感想を抱くのはどうかと思うけど、マァジでダルいったらありゃしない。
そこにつけ入るように『夏休みだし一日ぐらいこういう日があってもいいんじゃないか』という甘美な誘惑が這い寄ってくる。が、聳え立つ塔という新たな脅威が差し迫っている現状で、そんな余裕など1ミリもありはしない。期限は夏休みいっぱいの約一か月。あの駄女神が、それほどの猶予を事前に与えたということを鑑みても、地下迷宮とは段違いの難易度に設定しているはずだ。準備不足で攻略失敗、最悪の場合みんなを失うことにもなりかねない。不安を消すためには、不安が消え去るまで準備するしかない。
ただそれはと別に思うこともある。蓬地先生もとい女神の話を聞く限り姉妹関係は良好。そんな姉が妹を死地に追い込むようなことをするだろうか。聳え立つ塔のことだってそうだ。言伝しなければ、事前準備することもなかった。俺としても駄女神が根っからの悪だとは終えない。
「だからこそ、休んでなど、いられるか……」
どこまで真実だったのか分からない手前、万全を期しておいて損はない。どうせやるのなら全身全霊をもってプレイする。それこそがゲーマー魂というものだ。
さらにいえば奥の手がないわけでもない。どうしても身体の自由が利かなくなった時は、莉緒の手料理を摂取すればいい。数時間、夢の世界に強制転移するだけで完全回復できるのであれば、その代償など安いものだ。一つ難点があるとすれば、目の前で起こった現実を受け入れられない莉緒の姿を見ることだろうか。
そうこうしていると隣でモゾモゾと動く気配を感じた。アラームを止める際に強く叩きすぎたようだ。暫くすると「う~ん」という艶めかしい声とともに、掛け布団からピョンと頭部が飛び出してきた。
「……おはようございます。兄さん」
「ああおはようミーナ。悪い起こしてしまったか?」
「わたくしもそろそろ起きようと思っていました」
菫色の瞳をこちらに向けながらニコリと微笑む。
いつ如何なる時も我が妹は可愛いな。本当に見ているだけでモチベーションが上がる。
(今日はまだ莉緒の手を借りなくてもいけそうだ)
今後の方針を決定したあの日を境にミーナは一人で起きるようになった。今までの彼女なら起きていても、俺が目覚めのキスをしない限り絶対に目を開けることはなかった。頑なに狸寝入りを決め込んでいたはずだ。どういう心境の変化かは分からないけど、とにかく起きてくれるようになったのは助かる。
「兄さん……朝の挨拶……」
「はいはい、分かった分かったから! 首に手を回すのやめなさい!?」
ただ起床しようがしまいが、恒例行事を執り行うのは今も昔も変わっていない。
えっ? ミーナがベッドに潜り込むんだり、目覚めのキスをすることは問題ないのかって? はっ何を言っているんだ。そんなの決まってんだろ。なんの問題もない、だってあれはただのスキンシップ。仲睦まじい兄妹のスキンシップに他ならない。ミーナから想いを打ち明けられても、兄妹としての絆が切れることはない。
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