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Tragedy

其処には頭首だけがさらされていた。

レディンより少し年下にみえる少女の。

それが古ぼけた木製机の上に無造作にさらされていた。

ここはジーグ村入口。

この村に訪れた者に、必ず目に付く場所だ。

少女の顔は一見安らかに見える。

だが、最後の苦痛が迫るその瞬間を耐え忍んだ眉間の皺がはっきりと残っていた。

「こりゃあ・・・リアルだな・・・」

クロノスは真妙な面持ちでつぶやくとそれきり口を閉ざした。

どこからどう見ても唯の少女の生首でしかない。

リリスだと言われても、やはり人間とまったく同じ姿形をしていては、与えられる印象は同族殺しでしかない。

「・・・・・・・・」

レディンはただ黙って少女の亡骸を見据えるだけであった。

その表情は驚くほど無感動で無表情であった。

幾分が時が流れて、村の者が見まわりに来たのだろう、レディン達に気がついて小走りで近寄ってきた。

「ああ!勇者さん!いったいどうしたんですか?」

二十歳前後の青年が、晴れやかな笑顔で語りかけた。

「何か忘れ物でもしまし・・・ひっ!?」

レディンの顔を覗き込んで息を呑む。

笑顔がたちまち恐怖にゆがんだ。

青年に向けられたレディンの眼光は殺気を孕んでいたからだ。

野獣に睨まれた獲物のごとく竦み上がる。

「村長は・・・どこにいる?」

一歩、青年に向き直る為の唯一歩だけ、レディンが足を動かしただけで青年はその場にへたり込んでしまった。

「あ・・・ぁ・・・家に・・・」

直感的に自分が殺されるのではないか、という恐怖心の為うまく呂律がまわらない。

更に真正面から当てられた殺気の為、脚が震えて立ち上がることも出来なかった。

「そうか・・・・・・」

それだけつぶやくとレディンは青年などお構いなしに村長の家に向かって歩いていってしまった。

クロノスもちらりと青年をみたが、何もせずレディンの後についていった。

依頼完了後に宿泊した長老の家まで最短距離で進む。

「これはこれは勇者さま、いかが御用で?」

村長の家につくなりすぐさま村長に対面をした。

「何故殺した?」

低いトーンのレディン。

「ころした・・・?ああ、リリスの事でございますかな?」

長老は一瞬何事か思案したが、殺すという単語で結びつくのは其れだけであった。

「そうだ。なぜだ?なぜ殺したんだ?」

怒鳴り散らすわけでもなく、静かな口調だった。

「なぜと申されましても、神様の啓示と代々村に伝わる言い伝えにしたがったまで・・・。それが何か?」

村長はレディンが問いただす姿を訝しげに見ながら答えた。

「何かだと?村長、貴方は村ぐるみで人を殺したんだぞ?」

「これは面妖な事を。たしかに姿形は人間に類似しておりますが、アレはリリスですぞ?」

その言葉に怒りを露にするレディン。

「リリス、リリスというが、彼女の何処がリリスなんだ?!

村人を襲って殺害していたのか?

町一つ廃墟にでもしたのか?

答えてみろ村長!

貴方が彼女をリリスだと判断したのはどんな方法だ!!」

レディンの剣幕にたじろぎながらも村長は答える。

「手配書の特徴と、村の周りの山の中で隠れて暮らしているという不信な所・・・」

「ただそれだけなのか?!

何処の誰が決めたか定かではない手配書の特徴と似ていたから?

他人の空似だっただけじゃないのか?

何処かで野盗にでも襲われ山の中にたまたま逃げ込んだだけじゃないのか?」

「そ、それは・・・」

言いよどむ村長。だがレディンは止まらない。

「彼女は、自分で自分をリリスだといったのか?

命乞いはしなかったのか?

泣いて叫んで殺さないでくれと懇願しなかったのか?!」

「・・・・・・・・・」

村長は処刑のときを思い出しているのだろう。

レディンが言うような情景がその場では確かに起こっていたのだろう。

「それなのに貴方は殺したんだぞ!

確定したものが一つも無いのに、ただ思いこみで一人の少女を殺したんだ!!」

「・・・レディン!!!」

クロノスが一喝する。

「そのぐらいでもうやめとけよ。」

ひどく穏やかに優しく諭すような口調。

「・・・・・・」

「すまなかったな村長。

こいつは人間を守るために今まで辛い戦場を乗り越えてきたんだ。

魔属、怪物といったものから弱い人間達を守る為に自ら危険に身を投じてきたんだ。

それが、リリスなんて不確かな伝説だけで同族殺しを、人殺しを正当化している。

それがこいつにとって納得いくわけが無い、許される出来事じゃないんだ。

だから、ここまで熱くなっちまう。

だがな、村長。

村を治めるあんたが軽率な行いをしちゃいけない。

伝説や、言い伝えを丸のみしちゃいけない。

そこだけは解ってやってくれ。」

「・・・・・・」

村長は押し黙るしかなかった。

自分たちの行いが悪いものだったと認める訳にはいかない。

認めたが最後、村中の人々が犯罪に手を染めた事になるからだ。

だが、レディン達の言った事もまた認めざる得ない事だった。

手配書の似顔絵は媒体となっている紙自体が古く、色あせていた。

”よく似ている”という曖昧な判断を取ってしまったのも確かだった。

そして村人の猟奇的に興奮した雰囲気に流され、ろくな査問会も設けず処刑した。

レディンの言うように盗賊にさらわれ、逃げ回っていた者だったかもしれない。

だがもう遅いのだ。

村長が後悔しようと、謝罪を述べようとも殺めた命は戻らない。

「いくぞレディン。じゃあな村長。迷惑かけたな。」

クロノスに促され部屋から出ていくレディンを、村長は黙って見送る事しかできなかった。

前回とは違い、村を後にするとき一人の見送りも居なかった。

入り口には腰を抜かしていた青年の姿は無かった。

ジーグ村からしばらく離れた林の奥で二人は馬から降りた。

「このへんでいいだろう。」

「そうだな。」

村を出るとき黙って持ち去った少女の首を葬ってやる為である。

レディンは布に包まれた少女の首を優しく側に置くと、

腰に携えてあった剣を抜き、地面に向け構えた。

「はあっ!!」

気合一閃、数十歩先の地面が爆音をあげて吹き飛んだ。

自己に流れる氣を凝縮させ剣にのせて放つ、氣剣術と呼ばれる武術の基本技である。

そこには大人が入り込めるほど深い穴が開いていた。

そこにクロノスが首をいれる。

あとは二人でやさしく土を盛ってやった。

「気が済んだか?」

「・・・・・・すまない・・・俺は・・・・・・」

「気にすンな。俺もお前の姿を見たから冷静になれただけだ。俺一人でアレをみてたら、どうなってただろうな。怒りに身を任せて村長達を殺してたかもしれん。」

いつものおどける様な口調はなく、失笑をもらしていた。

「・・・・・・俺は・・・・・・もうわからない。命を懸けて守ってきた人間が信じられない・・・・・・」

「おいおい!村長たちがそうだとしても、全ての人間が信じられないなんて思ってやしないだろうな!?」

「・・・全部だなんて思ってないさ!!だけど・・・ここの人間はどうだろうって疑いが生じてしまうじゃないか!!」

俯き、摩擦音が鳴るほど歯を食いしばるレディン。

「お前はいま、つかれてるんだ。すこし仕事を休んでゆっくりと考えてみろ。」

「・・・そうかもな・・・そうしたほうがいいな。」

そう想いたい、だが、こんな悲劇がもし、もう一度起こるなら・・・

レディンの頭からその考えが抜ける事は無かった。

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