Precept
私が処刑場のやぐらの上に連れてこられた時より更に激しい怒声が広場を包んでいた。
その怒声の対象人を見つけて私は喉が張り裂けんばかりに声をあげた。
両隣で私を押さえつけている人たちが私を黙らせる為に何度も殴りつけてきたけど、そんな痛みや恐怖を今は感じている暇はなかった。
まるで囚人か奴隷のような扱いで処刑場につれてこられたレディンさんは、全身傷だらけなのに最低限の手当てしか受けていないように見える。
私が山で転落して気を失ってからどれだけ傷ついたのだろう・・・
全身包帯だらけの痛々しい姿に胸が締め付けられる。
私はレディンさんの名前を叫びつづける。
私はレディンさんは無実だと叫びつづける。
私はレディンさんを助けてと叫びつづける。
しかし、その声は廻りの誰にも届かない。
当のレディンさんは暫くして私を見てくれた。微笑んでいた。
申し訳なさそうに、済まなさそうに、失敗しちゃったことを誤魔化すかのように、笑っていた。
あんなに約束したのに、絶対死なないって言っていたのに・・・
今から私の目の前でレディンさんの処刑が行われ様としている。
どうして? 何故こうなってしまったのか、答えの出ない疑問が止めどなく溢れ出しては、私を後悔の渦に引き込んでいく。
涙を流しながらレディンさんに謝罪の言葉を投げかける。
ごめんなさい、こんな事になって。
ごめんなさい、助けられなくて。
するとギロチンに向かわされるレディンさんは少しだけ抵抗して私を睨みつけた。
その顔はとても怒っていた。
謝っている私に怒っていた。
自分を攻めるな、と眼で怒られた。
そうだ、散々私はレディンさんに言ってきた。
その度にレディンさんは自分で選んで行動したのだから後悔などしないと返してきた。
レディンさんは後悔していないのだろうか?
今まさに命を絶たれようとしているこの瞬間にも。
抵抗など微塵も見せずギロチンへ固定されるレディンさん。
レディンさんの四肢は大きな剣で叩き落された。
なんて酷い事を平然とできるのだろう、堪えきれず再び叫び声を私は挙げる。
そして処刑人たちは直ぐにギロチンの準備に取り掛かる。
何時の間にか観衆は静かになっており、泣き叫んでいた私もこれから起こる出来事に息を呑んでいた。
レディンさんは空を見上げて小さく呟いた。
”すまなかった、そしてありがとう、リム”
固定されていたロープを大男が切ると、あっけなく大きな刃はレディンさんの首を刎ねた。
落ちた首がゴロゴロと転がって私の前で止まった。
その表情を見た私は理解した。
レディンさんは後悔や恐怖など少しも感じていない満足そうな表情だった。
しかしそれを頭が理解したって悲しいモノは悲しい。
幾ら泣いても涙が枯れる事は泣く、後から後から溢れ出てくる。
声は擦れてもう、叫び声にならず、ただ空気を吐き出すだけになろうとも止まる事を知らなかった。
私が大好きなレディンさんは、たった今、私のせいで殺されてしまった。
それを良かったなどとは思えない。悔しくないわけがない。
あれだけ慕われていた人達に罵られ、憎まれ、恨まれ・・・
あっけなく殺されてしまった。
まるで私がリリスだと言われたときをなぞっているような。
私なんかを護るから、リリスなんかを人間から護るから・・・
余りの悲しさに泣いてる筈なのに声も出ない。
私なんかと関わったから、私がリリスだから、こうなったんだと誰かが言った気がした。
そう、私と関わると皆不幸になる。死んでしまう。
神様はやはり私に孤独でいろと云うのだろうか。
一時の暖かさに孤独を忘れ人肌を求めた私への戒めだとでもいうのだろうか・・・
これを試練と呼ぶのなら、この先には一体なにが待っているのだろうか。
だけどもう、何が待っていようとどうでもいい。
今の私には何も考えることが出来ない。
先の事なんか考えたくもない。
ただ、申し訳なさだけが込み上げる。
目頭が灼熱の炎で焼かれているように熱い。
胸の奥が万力で締上げられているかのように痛い。
頭の中が白く白く染まっていく。
周りに人が居るかなんてもう判らない。
ただ、今まで張り詰めていた糸が切れたような。
そんな脱力感が襲ってきた。
今はもういい。
この熱さと痛さを忘れないようにしよう。
最後にレディンさんに伝えたかった。
出会ってしまった感謝を。
出会ってしまった歓喜を。
出会ってしまった後悔を。
神様、この出来事が戒めと云うなら甘んじて受けましょう。
私はリリス。全ての災厄の元凶。
だから、人間達よ、もう関わらないでください。
そしてお願いします、早く滅ぼしてください。
二度と生き返ることが無いように、この試練を終わらせる幕を降ろしてください。
今は、それだけが私の唯一の願いなのだから・・・
レディンとリムのお話はこれで終わりです。
次話は二人がいなくなったその後の世界を少しだけ後語。




