Public execution
ロナルティンより東に位置するミネルヴァ国属都市アトラスは人口30万人を越す大都市である。
ここには大規模なミネルヴァ軍駐屯基地が設けられており、飛空船団との挟撃により、みごとレディンとリリスの捕縛に成功した第二師団が駐屯していた。
飛空船団は両者を引き渡すと、そのまま本国へと帰還していた。
雲一つない澄み渡る蒼い空の下。
アトラスの象徴であり、普段は市民の憩いの場として設けられた中央広場。
今、そこには公開処刑を行う為のやぐらが組まれており、誰が見ても処刑道具だとわかる大きなギロチンが置かれていた。
レディンが到着する前から裏切り者、反逆者等の罵詈雑言が広場を包んでいる。
それはレディンの登場により、更に膨れ上がり轟音へと変化する。
見せしめの為、裸に止血程度に包帯が巻かれ、腰に布だけという無防備な状態でレディンは手枷に繋がれたロープで引き連れられていた。
普通に歩くことさえ困難な状態での連行により、幾度となく地に倒れる。
しかし兵は、そのまま暫く引きずると強引に立たさせ、自身の足で歩くよう強要する。
まさに奴隷、囚人といった扱いであった。
中央広場に入った後も、処刑場所に辿り着くまで時間をかけ、見せしめ行為は行われた。
市民は口々に罵り、嘲り、中には石を投げつけるものも少なくは無かった。
レディンは一言も喋らず、身体に走る激痛に、眉一つ動かす事無く、緩やかに歩を進める。
設置されたやぐらの簡易的な階段をあがると、そこにはギロチンを挟むように、2mにも及ぶ鉈に似た剣を持った黒い覆面の大男が直立している。
既にやぐらの上にはロープで厳重に縛られたリムが4人の男達に、槍で囲むように押さえられていた。
リムはレディンに何かを泣き叫んでいるようだったが、観衆の怒声にかき消されて良く聞き取れなかった。
レディンはとりあえずリムが、まだ無事で居る事に安心し微笑んで見せた。
そうしていると、レディンは引きずられるようにギロチンの前までつれてこられた。
その時、微かにリムの声が耳に届いた。それは謝罪の言葉だった。
レディンは少しばかり抵抗すると、リムを睨みつけた。
君が謝る必要はない、という思いの丈を視線に込めて。
しかしそれも一瞬で、直ぐに幾人かに強引に身体をうつ伏せに固定させられ、大の字になるように両手足を固定、首はギロチンの刃の真下に据え付けられた。
処刑場であるこの場を仕切る責任者、刑の進行役は存在しない。
通常の公開処刑では、凶悪犯罪者であっても名前と罪状の読み上げ、遺言の聴き取りなどの手順が設けてある。
だが、しかし、今回はそのようなものを必要としていなかった。
罪人レディン・クレイオ。
神々の敵、全ての災いの元凶であるリリスに荷担し、人類に対して反逆した元勇者。
この広場の、いや、この都市の、それ以外の国の誰もが、罪人の名前と罪状を認知していた。
レディンの身体が固定された事を確認した左右の大男がそれぞれ手と足に、脈略も躊躇もなく大剣を振り落ろした。
レディンの鍛えぬかれた強靭な手足は1度の斬撃では切断されること叶わず、2度、3度と大剣は振り下ろされた。
大剣を振るう風切音と重い斬撃音に水と肉を捏ねるような濁音が混じりあう。
その行為は切断するとは呼べず、叩き斬るといった凄惨な光景であった。
失った四肢の傷口からは大量の鮮血が噴出し、流れ出る血液がやぐらを赤く染め上げる。
観衆はその光景に咆哮にも似た歓声をあげる。
その間、レディンは歯を食いしばり、苦痛に表情を歪めるも、呻き声一つ挙げる事は無かった。
大男たちはレディンの首の真上に設置されたギロチンの準備を始めた。
観衆は口々にレディンへの止めを促す。
ギロチンの刃を繋ぎ止めている縄を切る為に、大男達が所定の位置につく。
すると申し合わせたように歓声は徐々に鳴り止み、やがて広場は静寂に包まれた。
レディンの流した血が、やぐらから滴り落ちる音ですら耳に届くかと思えるほどの無音空間。
誰もが固唾を飲んで見詰めている。
しかしその表情は誰もが恍惚としたものを隠しきれないで居る異様な光景であった。
大男が両手に持った、レディンの血で赤く曇る大剣を振り上げた。
観衆が息を呑む。
その時レディンは、蒼く澄み渡る空を見上げて何かを呟いた。
誰もが命乞い、後悔の念を、今更ながらに呟いているのだと自己完結した。
処刑人も、観衆の誰もがはっきりと聞き取れないほどの小さな呟き。
そしてそれが終わるかどうかというタイミングで処刑人の大剣は振り下ろされ、縄を切った。
二本の縄で辛うじて繋ぎ止められていた、大きな首切刃は、呆気なく最後まで落ちる。
ガコン、と刃が下部に設置された止め木に当たる音が、静寂の広場に響いた。
胴体から切り離されたレディンの首がボトリと床に落ちて転がる。
それは意思を持ったかのようにリムが見える場所へと転がると、正面にぴたりと止まった。
それは処刑されたというには余りにも異質なほど、満足気で安らかな表情を浮かべていた。それを目の当たりにしたリムは、悲鳴を上げた。
しかし悲鳴を上げているはずなのに、声は一向に出てこない。
ただ、ひゅうひゅうと喉の奥から、乾いた空気が洩れる音を発するだけであった。
大きく見開かれた瞳からは流れ落ちていた涙はいつしか真っ赤な血の色をしていた。
処刑人がレディンの首に近付き、髪を鷲掴みにすると高らかに、観衆に見せつけるように持ち上げて見せた。
それを合図のように広場の、都市中の人の声が唸りとなり、怒号となって空を振動させる。
ギロチンに残されたレディンであった肉体は、何人かの男に運び出され、代わりにリムの身体を固定する。
リムが抵抗する事は一切なかった。
糸の切れた人形の様に手足に力はなく、されるがままであった。
一向に収まらぬ怒号の中、ギロチンの刃は本日二度目の仕事を終えた。




