Prisoner
「・・・・・・ここは・・・?」
目を覚ましたレディンが目にしたのは周りを石造りの壁に囲まれた薄暗い小さな部屋だった。
うつ伏せの状態で辺りの様子を眼だけ動かして伺う。
「生きて・・・るのか・・・?」
まだ、現状を把握しきれていないレディンは急いで身体を起そうとした。
「くっ・・・!?」
とたん激痛が全身に走り、床に突っ伏してしまう。
痛みの走る自身を観察すると、各関節に穿たれた矢傷には簡単な止血がされている。
裸体に包帯が捲かれているだけで、腰には些細な布が捲かれているだけの姿であった。
レディンはこれらの傷を見る事で記憶がはっきりした。
自分がテルスガイアの矢により射抜かれ、リムを抱えて逃亡を図るが、途中で力尽きた事を。
「・・・捕まったのか・・・・・・」
あの場で意識を失ってしまえば、その結論に至らないわけが無かった。
深く息を吐くと、全身の力を抜いた。
血液を大量に失った事により身体は自由意志に従わない。
まるで人形に意識を移し変えられたようにレディンは自分の身体に違和感を感じる。
更に全身に力が入らないため、冷たい床にうつ伏せでいる他なかった。
「お目覚めかい?」
不意に声をかけられ、驚いて声の方に体の向きを変えようとしたが、激痛の為、顔だけを向ける。
そのとき目にした鉄格子により、ここが牢獄であると認識できた。
声はレディンの居る部屋の正面から聞えてきた。
「無理するんじゃないよ。その傷じゃ息するだけでも痛みが走るだろうさ。」
目を凝らしてみるが、暗過ぎて中の人物の判別は出来なかった。
「・・・ティシフォネなのか?」
しかし聞き覚えのある声と口調、そして気配から記憶にあるその名前を口にした。
「ご名答ーー・・・へへっ、奇遇だねぇ、こんな所で逢うなんてさ。」
ティシフォネは軽い口調で言う。
「ここは?」
「大都市アトラスのミネルヴァ軍駐屯基地、その地下にある石牢だ。
あたしも今駐屯してやがる第二師団にロナルティンから逃げる途中とっ捕まったのさ。
あんたは、少し前に此処へ放り込まれたばかりだ。」
「そうか・・・彼女は・・・ここには居ないのか・・・?」
洞窟をくりぬいたような石牢は二十を越える部屋に分かれており、レディンの部屋にはレディンしか居らず、正面の部屋にもティシフォネの気配のみ感じる。
両隣の部屋にもリムの気配は感じられなかった。
「連れてこられたのはあんただけだ。
リリスだから、ここじゃ無い特殊な場所に投獄されてるんだとよ。」
レディンはまだリムが生きていると知り、胸を撫で下ろした。
「そうか・・・しかし、ミネルヴァは、なぜすぐに殺さない?」
「あんた達を民衆の前で公開処刑する為に、準備してるんだとさ。
大方あんたを生かしてるのもリリスを大人しくする為だったりしてな。」
ティシフォネがけらけらと面白く無さそうに笑う。
「・・・・・・」
レディンは押し黙り、石牢に響いていたティシフォネの笑い声も徐々に弱くなって消えた。
「あんたも災難だねえ、あの子に荷担して、この通り捕まった。
弱き人々を守る英雄。魔族を打ち滅ぼす勇者様が・・・今じゃ神々への反逆者だ。
今まで貢献してきた人間達にあっさり処刑されちまうんだ。
これで、おしまいってワケさ。」
ティシフォネが独白するように静かに呟いた。
「・・・今の状況に後悔は無い。
ただ、彼女を自由にしてやれなかった、そんな自分が不甲斐ないだけだ。」
レディンは歯を噛み締めた。
「ま、あんたならそう言うと思ってた。
しかしあんたはそれで満足だろうが、あの子はどうだろうね。
自分の所為でこうなったと、自分を責めてるんだろうねえ。」
「そうだろうな・・・旅の途中もずっと言われたよ。
そしていつも謝罪される。
こちらが問題ないと幾ら言ってもだ。」
レディンはその時の事を思い出したのか微笑んだ。
「それもしゃーない事さ、あの子はリリスだ。
何百年もの間、まともな生活してきてないんだ。
たったの、ゴホゴホッ・・・何日かでそんな”普通”の考えにはならないだろうさ。」
ティシフォネは咳き込みながらも呆れた調子で話した。
「普通・・・か。
そうだな、彼女の被害妄想は思考の粋を越え、彼女の人格にまで影響していた。
それでも、最近はずいぶんと穏やかになったのだがな・・・」
レディンは雨降るロナルティンでリムと抱擁した時の事を思い出した。
あのとき初めてリムの本心を受け止めた気がした。
自分の本心を理解してもらえたと感じた。
思えばあの瞬間が一番幸せだったのかもしれない。
「ゴホ・・・ま、この先あの子がどうなるかは知らないが、あんたと一緒に、ゴホゴホゴボッ・・・過ごしたこの数日は、重荷にもなるし、活力にもなるってことさ。」
ティシフォネの咳き込み方はどんどん酷くなっていた。
「調子が良くないようだが、大丈夫なのか?」
咳きに鈍い響きが混じっている事にレディンは訝しげにティシフォネに尋ねた。
「へへ、こんな冷たい牢屋に入れられて暫くするからね、風邪を引いちまってるのさ。
あんたみたいな満身創痍のヤツに心配されたくない・・・うっ!ゴホゴホゴホッ・・・・・・はぁはぁ・・・あんたのやった事は無駄じゃない。コレだけは言っときたかったのさ。」
「・・・そうか。そう言われると救われた気分になる。
かなり辛そうだな。もう、話さなくていい。」
レディンは素直にティシフォネを気遣った。
「へへ、あんたに心配されるのは、結構気持ち悪いねぇ。
ありがたく、少し休ませてもらうよ。」
ティシフォネはそう言うと数回咳き込んで静かになった。
それを境に二人は話す事無く静かにしていた。
レディンは何時の間にか睡魔に襲われていった。
いまの状態では、まともに逃げる事もできない。何も出来ないのでそのまま身を委ね、睡眠をとる事にした。
暫く後、とても静かな二人の呼吸音だけが存在していた空間に、騒がしく幾人かによる足音が押し寄せてきた。
たいまつを明かりにミネルヴァ兵が数人現れた。
レディンは眼を覚まし、彼らを睨みつけた。
彼らは無言で鉄格子を開けると、有無を言わさず強引にレディンを両脇から抱え上げた。
身体に碌な力が入らないレディンは、なすがまま引きずられ、通路に出された。
連行途中に、たいまつの明かりに照らされた正面の牢屋にティシフォネの姿が見えた。
レディンの眼に映ったティシフォネは壮絶だった。
ティシフォネは白い。
それはミイラのように全身包帯の巻かれていたからだ。
肌が露出している所がほとんど無い状態だったが、胸の部分だけは赤く色付けられていた。
それは打撲で内臓を傷めた事による吐血で染められたものだった。
先ほどティシフォネが風邪の為に咳き込んでいたと言っていたのは嘘だったのだ。
青い痣だらけの顔、右目には血の滲む包帯。
壁に身体を預けるようにもたれかかっているが四肢は力なく投げ出されている。
両腕両足にも肌が露出する面積が無いほど包帯がまかれており、明らかに逸脱した仕打ちを受けた事が見て取れるほど満身創痍であった。
「何も聞くなよ。あたしも後悔してない。」
左目だけをレディンに向ける。
絶望に彩られていない、力強い眼差しだった。
「じゃあな、あばよ・・・」
レディンが何か言う前に別れを告げるティシフォネ。
「・・・・・・ああ、ありがとう。」
とても穏やかな声で感謝の言葉を残し、自力で満足に歩けないレディンは両脇を抱えられ、引きずられながらティシフォネの視界から消え去っていった。
「・・・っ! これから死ぬ奴に、礼を言われても嬉しかねーんだよ・・・・・・」
誰も居なくなった石牢でティシフォネは、誰に聞えるとも知れない呟きをもらした。




