Reminiscence
ここ数日、不思議に思う・・・。
何故か追われている気配が感じられない。
もちろん逃げる方向は人の居ない場所を選んでいるつもり。
普段なら捜索能力に長けた者が先行して、私の場所を探し出して後からつれてきた大人数で追い立てまわす。
しかし、その先行者も感じられない・・・。
少し前、このライディンの森に入る少し前からぱったりと追跡者の気配が消えている。
リリスになってから、所在を知られたのに、これほどの日数の間追跡者の気配が無いなんて初めて。
だからだろうか、ある一つの妄想が頭をよぎる。
”あの人が追手を来ない様にしてくれているのでは?”
あの人・・・数日前の晩に傷を手当てし、毛布を掛けてくれた顔も名前も知らない人。
ひとときとはいえ、人の温もりを与えてくれ、自分が人だと思い出させてくれた人。
でも、まさか。
傷の手当てと毛布の施しなら、普通の村娘と間違った人が与えてくれる事も有るかもしれない。
けれど、そういった人ならリリスの追跡者の邪魔をすることはない。
でも、わかる。判ってしまう。
あの人は私がリリスだと知っていて手助けをしてくれている。
そして今も私なんかの為に追手を引き付けてくれている。
もしかしたら裏切り者と蔑まれているかもしれない。
私なんか助けるから・・・
この世の災いの元、人類の敵であるリリスを助けるから・・・
でも、嬉しい。
嬉しくて堪らない。
この世界に、まだ私を助けてくれる人がいるという事がとても嬉しい。
そう想うだけで身体が歓喜に打ち震えてしまうほど。
リリスと宣言されてから幾年かは、何かの間違いだ、こんな娘を殺しても意味が無いと庇ってくれる人はいた。
だけどそれも、十数年と変わらぬ姿で生きている私を見ると変わっていった。
化け物とよばれ、お前はリリスだから、と酷い乱暴を受け、そして殺された。
しかし殺されれば甦って、見つかれば殺された。
途切れる事の無い生滅と蘇生。
終止符を打ちたいが為に自殺だって何度も繰り返した。
でも、駄目だった。
気が付くと五体満足でこの世界の何処かに居るのだから。
化け物と呼ばれたって仕方が無いよ。
何度だって死んでも甦るなんて、人間じゃない。
百年ほど経った頃、やっと私は諦める事ができた。
人間として生きていく事に。
化け物ならば、人に逢わずに生きていこう、そう思った。
そして人の居ない場所へと転々と移動した。
でも、それでも、何処に行っても人間は居る。
初めは居なくても時がたてばやってくる。
あんなに人が死んでいって、この世の終わりだと騒がれていたのに・・・
百数十年もすれば、今度は溢れるほどに増え出した。
人の居る場所の合間を縫って移動と転住を繰り返す日々になっていった。
1度だけ西方大陸へ向かった事もある。
でも、あそこは別世界だった。
死んでも甦るからいいなんてない。
あそこは魔族・・・正真正銘の人間の敵が居る場所。
あれは生き物としてすら別次元のものたちだった。
敵対するものは同属だろうと関係無く破壊し殺戮し尽くす。
面白ければ自分ですらどうなっても構わない。
そんな狂ったものたちの居場所。
そこで凄い力を持った人間達が、悪い魔族を退治していた。
彼らは人間離れした能力を持っていたけど、苦戦を強いられていた。
それでも、西方大陸から魔族を一歩も出さない様に死力を尽くしていた。
生きるもの全て死ぬ。殺し殺される。
そんな見渡す限り死に充ちたあの世界に私は耐えられなかった。
まだ、死ぬのが私だけの”こちらの世界”の方がマシだと思えるほどだったから。
そういえばここ数年”勇者”と呼ばれるほどあの大陸で活躍した人がいるんだっけ。
そんな人に見つかってしまったら、すぐに殺されちゃうんだろうな。
でも・・・あの人なら・・・
勇者と呼ばれる人からでも、助けてくれるのかな・・・
「そんな事あるわけないよね、ふふっ・・・?!」
自分が笑っていたことにビックリする。
あの人を思い浮かべると楽しい、嬉しいそんな年頃の普通の娘のような感情が、まだ私にも残っていたなんて信じられない。
そしてあの人に会いたい衝動が全身を駆け巡る。
お礼を言いたい、何か話をしたい、自分の事を何でも良いから聴いて欲しい。
そんな衝動が身体を来た道へと戻そうとする。
「・・・駄目、だ・・・よ・・・」
それは出来ない。
出来るわけが無い。
リリスと呼ばれる前・・・憧れた人が居た。
同じ村に住む、5つ年上の青年で、村の自警団の一人だった。
誰にでも優しくて、力持ちで、そうやって誉めると照れた顔が同年代の様に幼く見えた。
私も妹みたいに遊んでもらっていた・・・
けど、リリスと呼ばれた後、自警団は私を捕まえた。
そしてその中には彼も居た。
希望を見つけてすがりついた。
だけど、彼らの賛成意見により、私は処刑されることになった。
あの時の絶望感は数百年たった今でも忘れられない。
裏切られ傷つくのは人を信じるから。
言葉に、表情に、態度に誤魔化される。
あたかも本当に心配してくれているように思えても・・・
平気で私を騙す。
だから・・・駄目。
戻ろうとするよりも強固に、今は先に進むのだと、自分の弱さをねじ伏せる。
何時かは会って話してみたい・・・・・・
そんな小さな願いすらを胸に仕舞い込み、私は森の奥深くへと足を進めた。




