第1話 二人の聖女
聖女ミシェルは、教皇からの急な呼び出しに嫌な胸騒ぎを覚えていた。
広間に集められた顔ぶれはえらい人たちばかり。なのに、そこに二人だけ、知らない顔があった。ひとりは司祭服を着た男性と、もうひとりは茶髪で茶色の瞳をしたミシェルと同い年くらいの少女だ。
教皇は入室してきたミシェルを脇に呼び寄せた。
「聖女ミシェルよ、ここへ」
ミシェルは不安な表情で長い金髪を揺らしながら、教皇の横で軽くお辞儀をした。
「お呼びでしょうか。教皇様」
「驚くべきことに、聖女がもうひとり誕生したようだ」
その言葉にミシェルは緑の瞳を揺らした。聖女はひとり。その聖女が亡くなると、新たな聖女が生まれる。これまでに聖女がふたり誕生したという前例は聞いたことがなかった。
ミシェルはまさかと思って、自身の左手の甲を見た。すると、聖紋はたしかにミシェルの甲に浮かび上がった。教皇も隣でそれを見た。それから、教皇は茶髪の少女を見た。
「ヘンリエッタと言ったか。もう一度、聖紋を見せてくれないか?」
ヘンリエッタは左手を前に掲げると、聖紋が浮かび上がった。
――間違いない。あれは聖紋だわ。
ミシェルは息を呑んだ。ヘンリエッタと目が合うと、ヘンリエッタはにこりと微笑んだ。それはとても可愛らしく、思わずミシェルも頬を緩めてしまった。
教皇はあご髭を撫でながら、しばらく思案した。
「……聖紋が出現した。これすなわち女神エレノアに選ばれた証。前例はないが、二人目の聖女として、認めないわけにはいくまい」
ヘンリエッタは深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます。誠心誠意尽くします」
こうして、二人目の聖女が誕生した。
明るく気さくなヘンリエッタは、すぐに教会での生活に馴染みはじめた。
「おはよう、ミシェル!」
後ろから抱きついてきたヘンリエッタを、ミシェルは苦笑しながら振り返った。
「ヘンリエッタ、おはよう。これから神聖なお祈りをするのだから、はしゃいではだめよ。心を落ち着けないと……」
「はぁい」
ミシェルとヘンリエッタは並んで女神エレノアの像にひざまずいた。目を閉じ、手を合わせて祈りはじめると、二人の左手の甲に聖紋が浮かび上がった。
そのときだった。ミシェルははっと顔を上げ、辺りを見回した。
――今、わずかだけど瘴気を感じた……。
「ミシェル? どうかした?」
「今、瘴気を感じたような気がして……」
それにヘンリエッタは首を横に傾げた。
「……気のせいよ。わたしは全く感じなかった。疲れているんじゃない? 今日は休んだ方がいいわ」
「そうね。そうするわ……」
二人はお祈りを終え、それぞれ部屋に戻ることにした。別れ際、ミシェルの後姿をヘンリエッタは鋭い視線で見つめていた。
それからというもの、教会内でのヘンリエッタの人気は急上昇し、それと比例するかのようにミシェルの存在は薄まるばかりで、聖女の仕事はヘンリエッタにばかり振られていった。それにミシェルは漠然とした不安を覚えていた。
昼食を終え、部屋で読書をしていたミシェルは、乱暴に開かれたドアに驚き、打たれたように立ち上がった。持っていた本は、床へと滑り落ちた。入ってきたのは、教皇騎士団の団長クリスだった。青い瞳はとても険しい。ミシェルは怯えながら尋ねた。
「何事ですか……?」
「貴殿に偽物の聖女という嫌疑がかかっている。ご同行いただきたい」
その言葉にミシェルは緑の瞳を大きく開いた。
「……なにかの間違いです」
「教皇様の命令です。大人しく従ってください。――連れていけ」
クリスは背後に控えていた騎士にそう言うと、騎士はミシェルの腕を掴んだ。ミシェルは身をよじり、逃れようとするが、さらに反対の腕も別の騎士に掴まれ、連行された。
教会の地下にある薄暗い牢獄に入れられ、暴れるからと後ろ手で縛られた。あまりの仕打ちにミシェルは涙を流した。
「私が偽の聖女だという証拠はあるのですか!」
クリスは冷たい瞳で床に座るミシェルを見下ろした。
「聖女ヘンリエッタがそう主張している。審議はこれから執り行われるだろう。それまで大人しくしていろ」
そう言って、クリスは牢獄の鍵を閉めた。
――ヘンリエッタが、私を偽物だと言っている? なぜそんなことに……。
ミシェルは現状を受け入れることができず、ただ涙を流すことしかできなかった。
「かわいそうな聖女ミシェル」
ヘンリエッタの声がした方を見ると、いつの間にか牢獄の簡易ベッドに座っていた。ヘンリエッタは笑みを浮かべ、足を組み、ミシェルを見下ろしていた。
「ヘンリエッタ、どうしてここに……?」
ミシェルは涙を流しながらヘンリエッタを見上げた。いつもと様子の違うヘンリエッタにミシェルは戸惑いを隠せない。すると、ヘンリエッタの顔から表情が消えた。それと同時にミシェルの口から男性の声がした。
「人間どもは真の聖女も見分けられない。愚かだな」
ミシェルはヘンリエッタを凝視した。
「ヘンリエッタ、ではないわね。お前は何者?」
「何も知らずに死んでいくのもかわいそうだ。お前には真実を話してやろう」
ヘンリエッタは立ち上がり、ミシェルの前にかがんだ。そして、ヘンリエッタは不気味な笑みを浮かべた。
「この体は二代前の聖女の骨から作られた人形だ。それを我の器にした。だが、漏れ出す瘴気をお前に感づかれた。生かしておけば、いずれお前だけは、我に気づいていただろう」
ミシェルは奥歯を噛みしめ、ヘンリエッタを睨んだ。
「……なにが目的?」
「この世界を我が物にする。そのための第一歩だよ。――さようなら、ミシェル」
最後だけヘンリエッタの声に戻り、そう言った。それと同時に、ミシェルの胸はヘンリエッタの手によって貫かれた。ミシェルは血を吐き、絶命した。




