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仮面  作者: 道上 萌叶
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6

 土曜日は大学が休みで、且つバイトもない。

 最後のページまで目を通した本を閉じ、両手の指を組んで天井に突き上げる。

 首を回すと、コキ、と固くなった関節が鳴る。

 時計に目を向けると、時刻は11時。お昼ご飯を食べるにはまだ早いが、もう1冊読むと14時近くなる。

 どうしようか迷ったが、それは一瞬だった。野菜や肉や魚が残り少なくなっている事を思い出したからだ。

 部屋着から7分丈のブラウスとフレアスカートに着替える。パウダーをはたいて眉を描くだけのメイクを済ませ、髪は左の耳下に1つにまとめる。

 ウエストバッグに財布とエコバッグを入れ、肩から斜めがけする。

 アパートの鍵を閉めて向かうのは、近所のスーパーだ。

 スーパーについて、いつものように買い物かごを手に、野菜のコーナーから魚、肉のコーナーに回る。予算内に収まるように脳内で計算しながら、1週間分の食材をカゴに入れていく。

 乳製品のコーナーで牛乳を入れて、レジに向かいお会計を待つ列に並ぶ。

 土曜日だからか、家族で買い物に来ている者が多い。後ろの方でお菓子を買ってと強請る子供の声がする。

 部活終わりに立ち寄ったのだろうか、制服姿の学生が前に3人並んでいる。列が進んで学生3人が会計を終える。

 店員さんが手際よく商品のバーコードを読み込む。会計を終えた商品を、パズルゲームのように隙間なく別のカゴに詰めていく。

 セルフレジで支払いを済ませ、エコバッグに商品を詰めて、スーパーを出ると、強い陽射しが肌を焼く。

 温暖化というものは恐ろしいものである。小学生の頃は10月になってしまえば、昼間であっても涼しい風が通っていたのに、たったの10年と少しで、10月の風も涼しいと感じられなくなってしまった。

 それとも、恐ろしいのは、暑い陽射しなど気にならなくなってしまった私だろうか。


「あれ、篠崎さん?」


 スーパーから出て歩いていると、後ろから声をかけられた。

 振り向くと、そこには白いTシャツに、黒のチノパンというシンプルな服装の男性が立っていた。


「こんにちは」


 誰だかわからないけれど、彼は私のことを知っている。不自然に思われては、いけない。


「こんにちは。最近よく会いますね」


「そうですね」


 私が誰に対しても敬語を使うようになったのは、街中で突然私を知る人が現れても、怪しまれない程度に対応することができるからだ。

 それでも、怪しまれないのにも、限度というものがある。


「篠崎さんは買い物の帰りですか?」


 名前を知らない男性が、私の手元に目を向けて、問いかけてきた。

 会話を続けることになると分かり、背中に嫌な汗がつたう。


「はい。食べるものが無くなってしまったので」


 ちらりと彼の目を、表情を観察する。まだ、怪しまれてはいない。怪しまれる段階でもない。


「すみません。冷蔵のものがあるので」


 彼と会ったのが、買い物を終えた後でよかった。生ものを理由に、この会話を終わらせることができる。怪しまれることも、ない筈。


「ああ、すみません、引き留めてしまって」


「いえ」


 これで、何もないはずだった。彼とはここで別れるはずだった。私のことも、ばれない筈だった。


「俺もこっちなんで、途中まで一緒にいいですか?」


 だけど、どうやら簡単に行くことではなかった。

 この質問をされて、断れるはずがない。


「はい」


「よければ荷物を持ちますよ」


「いえ、大丈夫です」


 手を差し出した彼の好意は、はっきり断っておく。私が彼のことを知らないとばれるリスクは、少しでも減らしておかなければならない。


「でも、今日篠崎さんに会えてよかったです」


 少しも怪しむそぶりを見せず、隣に立って歩きだした彼は、何を考えているかわからない。

 どう返答したらいいものか迷う私に、彼は気付いているのかわからないけれど、彼は言葉を続ける。


「この前は話すことができなかったので。俺、篠崎さんと話したいことがあったんですよ」


「私と、ですか?」


 この前とは、いつの事だろう。疑問が頭をかすめたけど、顔に出すことはしない。


「はい。篠崎さんって、よく本を読まれますよね」


 だから、怪しまれないようにと、意識をそちらにばかり向けていた私は、きっと油断していた。

 思わぬところから投げかけられた言葉の石に、私の仮面がずらされた。


「あれ、違いましたか?」


「あ、いえ。読みます」


 私がよく本を読むという事を、彼は知っている。という事は、彼は高校以前のクラスメイトだろうか。最近よく会うと言っていたけれど、どこで彼と会っただろうか。

 思考を巡らすけれど、何もわからない。そもそも、人のことを覚えられない私は、嘗てのクラスメイトの顔も、名前も、憶えていない。

 すぐさま仮面を戻した私は、仮面の下の顔をかれに気付かれていないかと、そればかりが心配になる。

 けれど、私の心配など、気付いてもいないという様子の彼は、暢気に会話を続ける。


「よかった。じゃあ、あの時、えーと、5日くらい前、だったかな? ああ、違う。先週の日曜日だ。先週の日曜日に買った本、読まれました? えーと、乾峨久(いぬいがく)って、作家の本なんですけど」


「! はい、読みました。あの、でも、どうして、私が乾峨久の本を買ったことを知っているんですか?」


 乾峨久は、私が好きな作家だ。彼が言うのは、先週の日曜日、SNSを開いた時に、たまたま新刊が発売日だと知って買いに行った本の事だろう。

 だけど、私はそのことを誰にも言っていない。書店でも、知り合いに話しかけられていない。だから、私があの本を買ったことは、誰も知らないはずだ。

 この質問は何もおかしなものではない筈だった。それなのに、おかしなところはなかったはずなのに、彼の反応に、私はこの質問を間違えたのだと感じた。


「え?」


 足を止めてしまった彼は、驚きの目で私を見ていた。

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