光魔法の使い方 (1)
王宮で呪具が発見されてから、一か月ちょっと。フェリシエンヌはマリウスにエスコートされて王宮に来ていた。
今日これから、彼女はコレットの正体を暴く。
この日、王宮に招待された名目は「『光の乙女』を任命する式典」となっている。パトリスやステファン、彼女の両親であるデュシュエ伯爵夫妻、コレットの両親であるグランジュ男爵、預かり先であるエベール侯爵夫妻が招かれていた。
本来なら、もっと大々的に行われてしかるべき式典である。しかし今回は特別な警備が必要な都合もあり、直接的な関係者のみを招待した小ぢんまりとした集まりとなった。警備には騎士や衛兵だけでなく、王宮魔術師たちが総動員されていた。
集まった場所は、「光明の間」と呼ばれる部屋。「鏡の間」の隣にある。「鏡の間」は夜会にも使われる広々としたホールだ。と言っても「光明の間」も夜会の控え室に使われるくらいだから、決して小さな部屋ではない。
フェリシエンヌがマリウスと会場に入ると、先に来ていたコレットが歓声を上げた。
「あ! フェリさまも来てくださったんですね!」
「ええ、もちろんよ。わたくしも候補のひとりだったということで、陛下が招待してくださったの」
コレットは今日の主役は自分だと、何の疑いもなく信じているようだ。ある意味、確かに主役ではあるのだが。
招待者が全員集まったところで、国王夫妻とエヴラール王子が入場した。一同は最上級のお辞儀でそれを迎える。
国王は招待者たちに「楽にしてくれ」と声をかけてから、開会を宣言した。
「よく来てくれたね。今日はこれから百十年ぶりに『光の乙女』の任命式を行う」
顔を上げた招待者たちをゆっくりと見回し、国王は先を続けた。
「この『光明の間』は、真実を照らすための部屋なんだよ。ほら、こうして真っ暗にすることができる」
国王が手で合図をすると、部屋の明かりが一斉に消えた。この部屋には、窓がひとつもない。室内は真っ暗になった。
「さあ、『光の乙女』、どうか真実を照らしてくれたまえ」
「えっ……」
戸惑った声を出したのは、コレットだ。奪った魔力はすでに枯渇している。コレットに光魔法はもう使えない。他人から力を奪わずに彼女に使えるのは、邪法だけなのだ。
暗闇の中、沈黙が流れた。その中を、光魔法を使おうと必死なコレットの「えいっ」という焦ったかけ声だけが、何度も響く。
コレットが荒い息を吐き始めた頃、フェリシエンヌが光魔法を使った。彼女の頭上高くに、光の球が現れる。初夏の朝日のような、柔らかな光が室内を満たした。
人々は一瞬、まぶしそうに目を細める。しかしその後、彼らの視線は吸い寄せられるようにしてコレットの上に集まった。誰もが息をのみ、驚愕に目を見開いている。いや、驚愕よりも恐怖の色が濃いかもしれない。
コレットのいた場所には、ドレスをまとった骸骨の姿があったからだ。
ドレスは彼女がまとっていたものと同じである。中身のコレットだけが骸骨に変わったようにしか見えなかった。もっと露出の多いドレスだったら、ずり落ちて脱げていたに違いない。けれども彼女のドレスは、肩に引っかかって落ちずにいた。
それが幸か不幸かはわからない。中身が骨だけになったドレスは、ドレス自体が動いているようにも見え、何とも異様だった。
あまりの不気味さに、本能的な恐れから人々は彼女から距離を取ろうとする。
そんな人々の中で、グランジュ男爵夫妻だけは身動きもせず、茫然自失の表情で骸骨を食い入るように見つめていた。実の娘が、いきなり骸骨になってしまったのだ。そのショックは想像するに余りある。
骸骨に姿を変えたコレットは、うろたえたように辺りを見回した。
「え、なに? なんでそんな目で見るの? ちょっと失敗しただけじゃない」
「失敗? 本当にただの失敗なのか?」
感情の読めない表情で、国王が静かに問う。さすがの胆力だ。
この「光明の間」で光魔法を使ったとき、照らされる真実は姿だけではない。言葉もである。だからコレットは普段なら取りつくろって口にしないであろう言葉も、ペラペラと正直にしゃべってしまっていた。
「当たり前です! 今までだって、ずっとうまくやってたじゃないですか! えっと、ときどきうまく行かないこともあったけど……。でも結局はあたしが選ばれたんだから、ちゃんと認められたってことでしょう?」
国王はコレットの質問には答えることなく、逆に質問を返した。
「あなたには前世の記憶があるそうだな?」
「フェリさま、バラしたんですね! こんな個人的なことをバラすなんて、ひどい!」
骸骨の首だけがぐるんと勢いよく回り、フェリシエンヌのほうを向いた。
生きている人間にはあり得ない動きに、「ひっ」という押し殺した悲鳴が上がる。悲鳴の主は、母サビーヌだった。繊細な彼女には刺激が強すぎたようだ。目には涙が浮かび、今にも倒れそうなほど顔から血の気が引いていた。
フェリシエンヌは母に駆け寄りたい衝動に駆られる。しかし両手を握りしめて、何とかこらえた。父ジャン=クロードが母の震える肩に手を回し、ギュッと抱きしめていた。
コレットに対しては、フェリシエンヌは何も答えない。今はまだ彼女が口を開くべき時ではないからだ。代わりに口を開いたのは、国王だった。
「個人的なことではないから、話してくれたのだ」
再びコレットは頭だけを国王のほうへぐるんと回した。もはやサビーヌははた目にも明らかなほどガタガタと震えており、ひしと夫にしがみついていた。
国王は静かな声で続ける。
「前世の名前と、どのようにこの世界に渡ってきたのかを話してくれないかな」
「え、なんでですか?」
コレットの質問に、国王は取って付けたような笑顔で答えた。
「『光の乙女』の任命式を進める上で、非常に重要なことなのだよ」
「そんな話は聞いてませんけど……」
「それはそうだろうな。『光の乙女』の任命に関わる者を除けば、王家に秘匿されていることだから」
「そうだったんですか」
コレットは人差し指をしゃれこうべのあごに当て、小首をかしげるような仕草をした。