呪具探し
翌日、ステファンはパトリスとともに王都にとんぼ返りした。邪法に関して国王に報告し、今後の対応を協議するためである。
マリウスはジェレミーとアローの助けを得て、呪具探しを始めた。油絵の魔法陣は無効化したが、それ以外にも必ずあるはずだからだ。フェリシエンヌの具合が悪くなったのは、油絵を受け取った後だけではない。
まずは念のため、領主館の中から捜索を始めた。フェリシエンヌにも何かできることがないかと手伝いを申し出てみたが、マリウスは首を横に振った。
「フェリは体を治すのに専念してほしい」
「でも……」
「後でフェリにしか頼めないことがあるんだ。でもそのためには、まず体調を万全にしておいてもらわないといけない」
「わかりました」
実際のところ、彼女がマリウスに付いて回ったとしても、足手まといにしかならなかっただろう。
何しろこのときの彼女は、余命いくばくもないと診断されるところまで衰弱してしまっていた。もしもマリウスが両親と弟を領主館に呼ばなかったら、油絵が呪具だとわかることもなく、彼女の命は遠からず失われていたに違いない。
彼女は素直にマリウスの言葉に従い、体を休めることにした。
油絵に仕込まれた魔法陣を破壊してからというもの、フェリシエンヌはゆっくりとではあるが回復し始めた。悪化したときの速度に比べたら、はるかに遅い。それでも少しずつ、少しずつよくなっているのが自分でも実感できた。
彼女はこのとき初めて、冬至の日よりも先の未来について、考えてみるようになった。今はまだ「もしかしたら迎えることのできるかもしれない未来」でしかないけれども。「決して来ない未来」とは限らないと思うようになってきたのだ。
三日後、マリウスは領主館内の探索を終えた。呪具は見つからなかった。
「フェリ、もう大丈夫だ。安心してここで療養してて」
「ありがとうございます」
「僕はこれから、王都の呪具を探してくる」
「はい。ありがとうございます」
けれどもフェリシエンヌには、不安に思うことがあった。コレットのことだ。
「呪具を使えなくしてしまったら、コレットさんにもわかるのではありませんか?」
「ああ。それはもう手を打ってある」
コレットがフェリシエンヌから魔力を奪うのは、光魔法を使うためである。そして光魔法を使うのは、光魔法使いとしてフェリシエンヌよりも優れていることを周りに認めさせるためだと思われる。
だったら、使う必要がない状況を作ればよい。
そう説明して、マリウスはニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「だからね、王宮で行儀見習いをしてもらうことにしたんだ」
「王宮で行儀見習い?」
「そう。行儀見習いに、魔法なんて使う機会はないからね」
それはコレットに光魔法を使わせないための策だった。
コレットは自分で光魔法を使うために、フェリシエンヌの魔力を奪ってきた。光魔法を使う機会がなければ、魔力を奪う呪具が破壊されたことにも気づかない。
そのためにコレットには、エヴラールとの婚約が内定したように誤解させておく。ステファンとパトリスが国王と面会したのは、そうした諸々の相談をするためだった。
コレットの奇行を防ぐためには、王宮に留め置くのが一番都合がよい。監視の目が行き届くし、勝手な外出を防ぐことも可能だからだ。
そもそももう魔法で競う必要がないと思わせておけば、魔力を奪うための暴走もなくなるだろう。
とは言え、こうした措置はどれも根本対策ではない。フェリシエンヌが完全に回復するまでの時間稼ぎにすぎなかった。本物のコレットを異界の魔女から解放するためには、フェリシエンヌの光魔法が必要なのだと言う。
「だからね、フェリはゆっくり養生するのが仕事だよ。きみにしかできないことだ」
「はい」
マリウスは領主館での捜索を終えると、再びジェレミーとアローを連れて、王都の公爵邸に向かった。公爵邸で呪具を探すためだ。
果たして呪具は見つかった。
予想どおり、それはコレットから婚約祝いとして贈られたハンカチだった。分厚く不格好な刺繍は、呪いの魔法陣を隠すためのものだったのだ。不吉な顔の刺繍をほどいてみれば、その下からは白い糸で刺繍された邪法の魔法陣が現れた。
その魔法陣は、油絵の裏に仕込まれていたのとほぼ同じものだった。ただしハンカチの魔法陣では魔法陣を起動するのに、呪う対象の血が必要となる。縫い針が仕込まれていたのは、血を流させる目的があったと見られる。油絵の魔法陣は、血が流されなくても触れただけで起動するよう、改変されていた。呪具が新しくなるにつれ、凶悪さが増していく。
三日ほどかけて公爵邸での探索が終われば、次は伯爵邸だ。マリウスのサポートのため、ジャン=クロードはサビーヌを領主館に残して王都に戻った。
伯爵邸での探索には一週間かかった。別に伯爵邸が公爵邸より広大だからというわけではない。広さにはそれほどの違いはない。理由は単純に、呪具が見つからなかったからだ。
フェリシエンヌが伯爵邸で暮らしていた頃から、すでにコレットは光魔法を使っていた。ならば、必ずどこかに呪具があるはずなのだ。なのに見つからない。
念には念を入れて、何度か探索を繰り返したと言う。だが見つからなかった。
煮詰まっていったん領主館に戻ったマリウスに、彼女は一枚の紙を渡した。
「お役に立つかわかりませんが、こちらをどうぞ」
そこには、フェリシエンヌがコレットと接触したことのある日時と場所が一覧になっていた。過去の日記から抜き出してまとめたものだ。じかに顔を合わせた日時だけでなく、品物を受け取ったときのことも一覧に含められている。
「ありがとう! 助かるよ」
いずれもマリウスが知っているはずのことだ。しかし時系列で一覧にしたものを見ることで、今までとは違う何かが見えてきたらしい。
最終的に、呪具は全部で四個。領主館と王都の公爵邸で発見済みだったものを除くと、新たに二個が見つかった。
うちひとつは、コレットの生家であるグランジュ男爵家の屋敷で見つかった。
屋敷の捜索は、王命による。呪具が発見された後、グランジュ男爵には簡単に事情の説明がなされた。呪具が屋敷の中から見つかっただけでも、実直な男爵は顔色を悪くしていた。なのにその上、娘の体が魔女に乗っ取られている可能性が高いと聞かされたのだ。気の毒な男爵は、すっかり蒼白になっていた。
男爵は震える声で、マリウスに打ち明けた。
「言われてみれば、思い当たることはあります」
「何があったんですか?」
「一昼夜ほど生死の境をさまよったことがあるのですが、その後どこか人が変わったようになりました」
田舎のなまりが急に消え、不思議には思ったと言う。しかし夜会でいじめられたことは聞いていたので、そのせいだと自分を納得させていたのだった。高熱を出して寝込むほどショックだったのだろう、と。
呪具があったのは、コレットの部屋。陶磁器製の小物入れの中から見つかった。ハンカチを形代とした邪法の魔法陣である。形代を使う呪いは一回限りの使い捨てである代わりに、呪う対象とある程度離れていても効力を発揮する。
コレットが魔法を発現したと言われたのは、この邪法でフェリシエンヌから魔力を奪っただけだった。制御を身につけたように見えたのは、単に奪った魔力が枯渇して漏れ出なくなっただけのこと。
そしてもうひとつの呪具は、なんと王宮内にあった。道理で見つからないわけである。
それは王宮魔術師団の備品室から見つかった。見習い用の教本のうち一冊が、その呪具だった。魔法陣が描かれた紙が、魔法陣を内側にして裏表紙に貼り付けられていたのだ。他の二つの呪具と違い、この教本はフェリシエンヌが触れている間だけ呪いが発動する。
教本は家に持ち帰らず、受講のときだけ貸与されていた。思えば毎回、コレットが教本を出してきて差し出したものだ。
「フェリさま、どうぞ!」
「まあ。いつもありがとう」
まさか呪い仕込みの教本を渡されているなど、夢にも思わなかった。
講義を受けるたびに、フェリシエンヌの魔力は少しずつ奪われていた。その奪った魔力で、コレットの光魔法は力を増していたのだ。しかしフェリシエンヌが受講をやめたため、教本を使って魔力を奪うことができなくなった。
コレットが執拗にフェリシエンヌを魔法の講義に呼び戻そうとしたのは、それが理由に違いない。マリウスを呼び戻そうとしたのは、マリウス経由で呪具を仕込もうとしたからではないか。
ところがマリウスは、コレットの予想をはるかに超えて警戒心が高かった。もともと女性全般が苦手なところに加え、相手は好感度が地の底まで落ちているコレットである。警戒しないわけがない。
マリウスだけでなく使用人まで含め、フォンテーヌ公爵家全員が一丸となって警戒していた。付け入る隙など、どこにもなかった。
だからコレットは、油絵を父ジャン=クロード宛てに送ったのだろう。
呪具がすべて見つかったことにより、コレットが光魔法を使ってみせた経緯がこうしてすべて明らかになったのだった。
この頃までにはフェリシエンヌの咳はすっかりとまり、完全に回復しつつあった。
十一月十四日。冬至の日まで、残り37日。




