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邪法使いの魔女 (2)

 首をかしげるフェリシエンヌに、ステファンも首をひねる。


「物を受け取っていないとしても、会ったことくらいはあるんじゃないかな?」

「はい。一度だけあります」

「ほう。そのときのことを話してくれるかな」

「はい」


 そして彼女は、コレットに初めて会ったときのことを思い出しながら話し始めた。



 * * *



 それはコレットが初めて夜会に参加し、お披露目をした日のことだった。


 フェリシエンヌはホールの隅で、ちょっとしたトラブルを目撃した。コレットが数人の少女たちに囲まれていたのだ。会話が聞き取れる距離まで近づいてみれば、何やらひどい言葉をかけられているところだった。


「いやだわ。イモくさい娘がいると、匂いがうつりそう」

「田舎くささがプンプンするじゃないの。迷惑だから、早くお帰りになればいいのに」

「あら、ごめんあそばせ。手がすべったわ。わざとじゃないの。許してくださるわよね」


 いかにもわざとらしく、赤ワインまでかけられている。


 これはとても放っておけない。フェリシエンヌは旧知の知り合いのような顔をして、コレットに声をかけた。


「ここにいらしたのね。探したわ────あらやだ、染みができてるじゃないの」


 ポケットからハンカチを取り出して、簡単にしみ抜きをする。そうしながら、コレットを囲んでいた少女たちを振り向いた。


「こちらはお友だちかしら。紹介してくださらない?」


 ひとりひとりに、にっこり微笑みかける。急に顔色を失った少女たちは、もごもごと言葉にならない何かを言いながら、蜘蛛の子を散らすようにして立ち去ってしまった。


 コレットのことをフェリシエンヌの知り合いと思って、大いに焦ったに違いない。彼女はすでに、エヴラール王子の婚約者として顔が知られていたから。


 コレットはピョコンと深くお辞儀をした。


「あの、助けてくださって、ありがとうございました。わたしはグランジュ家のコレットと申します」


 この挨拶を聞いて、コレットがいじめられていた理由に見当がついた。コレットの話す言葉には、隠しきれない北部なまりがあったのだ。


 そしてグランジュ男爵家は困窮しているわけではないものの、とりたてて裕福なわけでもない。だからあの少女たちは爵位も財力も下とあなどり、寄ってたかってコレットを馬鹿にするような真似をしたのだろう。


「わたくしはデュシュエ家のフェリシエンヌよ。よろしくね」

「こ、こちらこそっ」


 うわずった声で挨拶を返しながら、コレットは再びピョコンと頭を下げた。優雅とは言いがたいが、初々しくてかわいらしい。フェリシエンヌは頬を緩めた。


「そのハンカチは差し上げるわ。染みは乾く前にすぐ処置するのがよろしくてよ。早ければ早いほど、きれいになりやすいものだから」

「はい、そうします。本当にありがとうございました」


 それがコレットとの最初の出会いだった。


 コレットはこのとき助けられたからといって、その後の夜会でフェリシエンヌになれなれしく声をかけるようなことはしなかった。だから次にコレットと顔を合わせたのは、彼女が光魔法を発現して王宮で魔法の講義を受けるようになったときのことだった。



 * * *



 思い出を語り、フェリシエンヌはこう締めくくった。


「ですから、何か贈り物をいただくような関係ではなかったのです」


 話を聞き終わり、マリウスは何とも言えない顔で首をひねった。フェリシエンヌが問うように視線を向けると、なおも首をひねる。


「いや、不思議だなあと思ってさ」

「何がですか?」

「まるで別人の話を聞いてるみたいだ」

「そうですか……?」

「うん。だって、いかにも普通の子じゃないか。あの話の通じない、化け物じみた図々しさがどこにもない」


 あまりにもひどい言いようだ。けれども、言われてみれば確かにそのとおりのようにも思えた。


 フェリシエンヌにとって、コレットの第一印象は「素朴でかわいらしい」というものだった。上流階級の作法には通じていないものの、礼儀正しくもあった。ふてぶてしさや図々しさは、かけらも感じなかった。むしろどちらかと言えば、気の小さいところがありそうに見えたものだ。


 その印象があったからこそ、その後コレットに気になる言動があっても、気のせいかもしれないとか、勘違いかもしれないとか、自分に言い聞かせていたような気がする。


 フェリシエンヌが言葉に詰まっている間に、マリウスは続けた。


「だいたいさ、今のコレット嬢には、なまりなんてないよね」

「いじめられないよう、必死に練習なさったのかと思っていました」

「どうだろうね。いつからなまりが消えた?」


 それがわかるほど親しくはない。でも彼女の知る限りで言えば、コレットになまりがあったのは初めて会ったときだけだった。


「コレット嬢が光魔法を発現したのって、社交界に出るようになって間もなくのことなんだよね」

「そうでしたっけ?」

「うん。魔術師団で話題になっていたから、覚えてる」


 コレットは光魔法が発現してから、魔術師団に通って制御方法の指導を受けた。


 もうひとりの光魔法使いとしてフェリシエンヌに紹介されたのは、コレットが制御を身につけてからのことだ。だからフェリシエンヌは、コレットが具体的にいつ魔法を発現したのかまでは知らなかった。


 ここで再びステファンが口を挟んだ。


「ハンカチのお礼に、何か受け取ったりはしていないのかい?」

「ああ、お礼状はいただきましたよ。その日のうちに書いてくださったらしくて、翌日には受け取りました」

「ふむ。ハンカチは? 返してきたりしなかったのかな?」

「差し上げたものですからね。突き返すようなことをしたら、逆に失礼でしょう? お礼状だけで十分ですよ」

「なるほど。まあ、そうだね」


 ステファンはあごに手をあてて少しの間、考え込む。そして、ひとり言のように推測を口にした。


「そのハンカチが形代(かたしろ)に使われたのかもしれないなあ」

「形代?」

「うん。邪法の中には、相手の持ち物を使って呪いをかけるものもあるんだよ」


 フェリシエンヌは言葉を失った。あのコレットが、そんなふうに恩を仇で返すようなことをするだろうか。しかし、あのコレットだったなら、十分にあり得る気がした。


 ────そう頭の中で考えてから、フェリシエンヌは愕然とした。自分の頭の中には、二人のコレットがいることに気づいてしまったから。「あのコレット」と言いながら、初めて会ったときのコレットと、それ以降のコレットを、無意識のうちに別の人間として考えていた。


 九月十二日。冬至の日まで、残り100日。

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