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二度目の余命300日  作者: 海野宵人


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快気呪い

 パトリスが領主館にやって来た四日後、フェリシエンヌは父ジャン=クロードから小包を受け取った。馬車郵便を使って送られてきたらしい。


 包みを開けると、中身は静物画の小さな油絵だった。はがきよりもひと回り大きく、簡素な額に入っている。描かれているのは花。色とりどりの大輪の花が、陶器製の花瓶に生けられていた。小さいけれども細かく描き込まれていて、ちょっとしたスペースを飾るのによさそうな絵だ。


 しかし、彼女はその絵を見て首をかしげた。


(これをお父さまが……?)


 父から、というのが不思議だった。これまで父から絵を贈られたことは一度もない。ジャン=クロードなら筆記具とか、もっと実用的なものを選びそうなのに。


 かといって、母からとも考えにくかった。母なら、あえて父の名前を使って送ることはしない。当たり前のようにサビーヌ名義で送るだろう。そもそも花の絵を選ばないはずだ。娘が静物画よりも風景画を好むことをよく知っているから。


 それにこの額縁は簡素すぎて、母が選んだものとはとても思えない。簡素と言うか、もっとはっきり言うと安物なのだ。画学生の習作と言われれば納得できるくらいに、質素な額縁だった。実際、夏至祭などの縁日では、画学生たちがこうした小さいサイズの絵を売って小遣い稼ぎをする。


 だが箱入り娘のフェリシエンヌにとって、縁日というものは話に聞くだけの存在でしかない。具体的にどのようなものが販売されているのかまでは知らなかった。いずれにせよ、この絵画は伯爵家には縁のない品だった。


 怪訝に思いつつ、絵の下に入れられていた、少し厚みのある大きめの封筒を手に取る。中には便箋が一枚と、封をされたままの封筒がひとつ。便箋には、父の字でこう書かれていた。


『コレット嬢から、フェリの快気祝いとして送られてきた。せっかくなので、手紙と一緒に転送しておくよ』


 思わず眉根が寄ってしまう。


(またコレットさんですか……)


 前回の贈り物であるハンカチには、縫い針が入っていた。これは大丈夫だろうかと、不安に思わずにはいられない。しかしこれは、縫い物ではない。絵画である。それもコレットではない、別の人間の手によるものだろう。たぶん大丈夫────のはずだ。


 おそるおそるコレットからの封筒をペーパーナイフで開封し、たとえ何かが仕込まれていてもけがをすることのないよう、十分な注意を払って封筒を取り出す。さすがに今回は、危険なものが入っていたりはしなかったようだ。中身は普通の便箋だけだった。


『快癒おめでとうございます。マリウスさまのおうちに送ったら送り返されてしまったので、フェリさまのご実家宛てに送ります。ぜひ普段使いしてください』


 いつぞやも見たような言葉で締めくくられていた。絵画の普段使いって、どういう意味だろうか。絵画なんて、飾るか飾らないかの違いしかないような気がする。ということは、つまり飾れと言っているのだろう。たぶん。


 とりあえず前回のハンカチとは違い、まがまがしくはない。自分で選ぶ絵ではないが、捨ててしまうのもためらわれた。書き物机の端にちょっと飾っておくくらいなら、さして邪魔にもならないかもしれない。


 受け取ってしまったからには、仕方なく礼状を出すことにした。


『父経由で受け取りました。でも今後はどうぞ、このようなお気遣いはなさらないでください。お気持ちだけで十分です。かわいらしい絵をどうもありがとう』


 心の底から二度と送って来ないでほしいのだが、意図が伝わる気がしない。ため息をつきながら、礼状の送付を執事に頼んだ。



 * * *



 コレットに礼状を出してから数日後。ここしばらく治まっていたはずの咳が、ぶり返してしまった。以前と同様、ナバール風邪そっくりの咳だ。


 しかし以前と同様、数日後にはナバール風邪ではないとの診断が下った。


(公爵領に居て状態が悪くなったのは、初めてだわ)


 せめてマリウスの前では、なるべく咳をしないようにしたい。そう思っても、声を出すと咳が出るので、抑えようがなかった。しかも、日に日に悪化する。


 今回は悪化のスピードが速く、十日後には咳に血が混じるようになってしまった。さらに十日後には、ゴボッと血を吐いてしまう。それもマリウスの見ている前で。


「フェリ!」

「大丈夫です、マリウスさま。ちょっと血が出ただけです。別に熱もありませんし」

「大丈夫なわけないだろ……」


 彼の揺れる瞳を見て、フェリシエンヌは悲しくなる。こんな顔をさせたいわけではないのに。


(だけど、おかしいわ。『前回』、こんなふうに血が出たのは十二月に入ってからだったはずよ。どうしてこんなに急激に悪くなったのかしら)


 彼女はずっと「前回」と同じだけは生きられると思っていた。もしかしてそれは、間違いだったのだろうか。彼女が思っていたよりも、残された時間は少なかったのだろうか。


 考え込む彼女に、マリウスが提案した。明らかにカラ元気とわかる作り笑いを浮かべて。


「フェリ、デュシュエ伯爵領に行ってみない?」

「え?」

「もしかしたら、ここに来たときみたいによくなるかもしれない」


 マリウスは(わら)にもすがる思いだったのだろう。その気持ちはとてもうれしく思う。けれども今のフェリシエンヌには、一週間以上もの馬車旅に耐えられる自信がなかった。伯爵領は王都をはさんでこの公爵領とちょうど反対側にあるのだ。


「ありがとうございます。でも、できればこのままここにいてもかまいませんか」

「もちろん。フェリがそうしたいなら、いつまでだって」


 フェリシエンヌに動き回る体力がなくなってから、マリウスは以前にも増して調べ物に精出すようになった。ただし、彼女のそばからは離れない。


 眠っているときには咳が比較的少ないので、彼女はソファーで毛布にくるまれてうとうとしていることが増えた。その傍らで、マリウスは文献を積み上げて調べ物をする。


 その真剣な横顔に、ついフェリシエンヌは声をかけてしまう。


「マリウスさま」

「うん? どうしたの、フェリ」

「うふふ。ごめんなさい、呼んだだけです。どうぞお仕事を続けてください」


 顔を上げて振り向いてくれるのが、うれしいのだ。彼女がうれしそうに笑うと、マリウスも微笑む。そうして初秋の日は過ぎていった。


 九月二日。冬至の日まで、残り110日。

※サブタイトルは誤字ではありません

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さすがにヒロイン含む周りの人間がにぶすぎるのでは…
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