第90話 追いかけてきた人
中央区南側に位置する晴嵐霊園に到着した息吹戸は、颯爽とマウンテンバイクから降りた。ここは小高い丘を段々畑のようにしていて、一般的な墓石が等間隔に置かれている。
霊園を外部と隔離するために護符の結界が貼られており、彼女の目には鎖色の鉄格子が見えていた。
墓場をゆっくりと動くゾンビと、墓石に座って骨を齧るグールと、暗闇に溶け込む人魂と、暗闇に溶け込まない人魂が浮遊していた。
ザ・リアルお化け屋敷である。
「わあ。すごい楽しそう!」
息吹戸のテンションが爆上りしたところで、後ろからバイクが到着する音がして振り返る。
「なんだなんだ?」
ネイキッドの大型バイクに乗った誰かがエンジンを切って降りた。プロテクター付きジャケットを着てジーパンを履いている。体格は男性だ。
こちらに歩いて来るので、息吹戸は不思議そうに声をかけた。
「ゾンビで溢れているので、お墓参りできませんよ」
「知ってる」
声に聞き覚えがある。
(あれ? この声、ヤンキーお兄さん?)
息吹戸は更に不可解そうに首を傾げると、男性はフルフェイスを取った。
思った通り、祠堂である。
バンタナをつけていないので、前髪がちょこんと額に垂れていた。それを掻き上げて左右にそらすとアホ毛のようにぴょんと立つ。
「ヤンキーお兄さん。どうしてここへ?」
「ヤンキーいうな! お前だろ! 雨下野に言ったのは!」
祠堂は指さししながら怒鳴ってきた。
理由が分からないので、息吹戸は怪訝そうに眉を潜めながら「なにが?」と聞き返す。すると祠堂は口を一文字にして、言いにくそうに視線を泳がせた。
数秒無言だったので、こちらから会話のボールを投げてみる。
「ヤンキーっぽいから、ヤンキーお兄さんって呼んでるだけだよー? 雨下野ちゃんに言ったら何かマズイことでも?」
「大問題だ! ピッタリとか似合うって笑われて雨下野ばかりか、他の同僚に揶揄われまくってるんだぞ! どうしてくれる!」
「えー。だって、名前で言ったら駄目だって、そっちが言いだしたんでしょ。だから見た目イメージであだ名つけただけでーす」
言いがかりもいいとこだ、と息吹戸は肩をすくめる。
「見た目のイメージ……イメージ」
と、復唱した祠堂は視線をそらし、言いにくそうに言葉を続けた。
「ファウストの現身からみれば俺はそう見えるのか?」
「ん?」
「ヤンキーって不良だろ? その、性格が悪いとか性質が悪いとか、雰囲気が悪いとか。そんなイメージがあるのか?」
そこを気にするのか? と不思議に思ったが、一般的な意見を聞いているのだろう。
「いやいや。全然マイナスじゃないよ。なんか見た目は乱暴そうだけど、実は気のいい兄ちゃんっていうイメージかなぁ?」
「悪いイメージではないのか?」
「ない」とキッパリ答えると、祠堂はあからさまにホッとした。
「ヤンキーお兄さんって、もしや。見た目で悩んでたの?」
祠堂は目を吊り上げた。
「悩んでない! あと何度も言うがヤンキーって言うな! 祠堂でいい! 祠堂と呼び捨ててくれ!」
言っていることは先程と一緒だが、その声色に若干の照れくささが混じっている。些細な変化なので息吹戸は気づいていない。
「もしかして、それを言いにここまで?」
だとしたら、相当な暇人だ。と、呆れた様に言ったら祠堂がまた憤慨した。
そんなわけあるか! これはついでの話だ!」
(ついでにしたい話題だったか。よほど嫌だったんだ)
なんだか申し訳ない気分になりながら
「じゃあ。なんでここへ?」
と、聞き返した。
アメミットはこの事件に関わってないはずだ。祠堂が来る理由が分からない。
私用時間を割いてまで、嫌いな相手を追いかけてきたわけではないだろう。
となると、
「やっぱりお墓参り? 夜に行うのは感心しないけど」
「違う! お前が自転車で爆走しているから注意しに来ただけだ! 公共の道路をノーヘルで走った挙句、時速何キロだしたと思ってんだよ!」
「え。そんなの分かんない。一応、車道を走ったんだけど、何キロ出してた?」
「50キロだ」
息吹戸は「へ?」と間抜けな声を上げた。
そして腹を抱えて笑う。
「まじか! 滑るように走れるわーって思ってたけど、そこまでだったとは。でも追い越しも信号無視もしていないよ? 公共のルールはしっかり守ったはずだから」
自転車は車やバイクと同じ扱いである。小回りがきく分、歩行者と接触事故を起こしやすい。必ず交通ルールに沿って動く事が大切だ。
「ルール守っていても周りがヒヤっとするからヘルメットをしろ! 発見した時は目を疑ったぞ」
「もしやそれを言いにわざわざ?」
だとすれば親切だなあと感心したが、
「いいや。違う」
とキッパリ否定され、息吹戸は「んー?」と疑問の声を上げた。
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