第88話 興味ありありですから
「そうか」と玉谷は頷いて息吹戸に向き直る。準備を始めた部下たちの動きを視界に捉えながら説明を始める。
伝えなければならない内容を簡単に纏めて、言葉を紡いだ。
「知っての通り発生は二日前。北区の霊園にアンデッドが出現したのが始まりだ。従僕種類はゾンビとグール。時間は午前0時。そこから四時間ごとに出現を繰り返している」
「確か、『木庭霊園を皮切りに、時間を空けず東区の2箇所、西区の5箇所、南区の3箇所にそれぞれ出現。ほぼ同時か、数分の時間差。場所は常にではなく連続出現したりしなかったりと、霊園によってばらつきがある』……でしたよね」
「知っていたのか?」と驚く玉谷。
「みんな、ここで報告してますから。耳に入ります」
息吹戸は聴力も良い。興味あることならば大体聞き取れる上、脳内で情報をまとめ、いくつかの情報を結びつけることも得意だった。
「間隔は狭まってますよね。二日前は四時間、昨日の午前は三時間。午後からは二時間半。今朝は二時間……から、一時間間隔になったんでしたっけ」
「その通りだ。出現の間隔が狭まっている。そしてアンデッドの出現数は、時間を追うごとに増えている」
「アンデッドはゾンビやグール中心で。あと霊体やゴーストやレイスがいて。他には……」
「今日はウィルオーウィスプの姿も目撃されている」
「ここへきて多種多様なアンデッドが短時間で増えたってことですね。だから魔法陣が稼働していると思って探っていたと。アンデッド達はどんな動きしているんですか?」
「報告では特に何をするでもなく、墓……霊園の中を歩き回っているそうだ。発生当初は生者を襲い、市街地にも出そうになったが。中央地区の霊園全てに結界を張った後から被害は出ていない」
「他に、私に伝えたほうがいい内容ありますか?」
玉谷は少し考えた。
記憶喪失でも戦闘で遅れをとることはないだろうと踏んで。
「ゾンビとグールは必ず焼却処分だ。火の護符を忘れるな」
後処理を指示するだけに留めた。
「分かりました。では二つ目。召喚の魔法陣って、召喚の図形を書いたものがあれば、どこでも召喚できますか? ほら、禍神レベルじゃなくて単なるモンスターとかなら。紙一枚に描かれたものでも召喚するのは可能ですか?」
「可能だ。下位、最下位などの従僕なら、召喚魔法陣が描かれた護符一枚や呪具一個で、数体から数十体の召喚が出来る」
「召喚魔法陣が稼働できる最小限の大きさはどのくらいですか?」
「そうだな……」と玉谷は考える。
構成に必要な図形だけではなく、『どこの世界』の、『どこの地域』の、『どの種類』を、『どのくらいの量』を、『どの場所とどの場所に繋げる』か、を指示する文字列を『正確に描ける』大きさを考えて……。
「こぶしの大きさがあれば可能だろう」
と答えた。
息吹戸は自分の拳を眺めて、このくらいか、と呟く。
「あ。召喚魔法陣が機能しない場所やパターンとかってありますか?」
「召喚魔法陣は召喚するモノよりも一回り大きく造ることが原則だ。ゾンビを召喚するのであれば、人のサイズを超える大きさがあるはずだ。場所については、魔法陣を平に刻むことが出来るのであれば石でも土でも紙でも、どこでも可能だ」
「折り曲がれば発動は出来ないと」
「折り目もダメだ。術式の文字や図形はいわば電気の配線コードを同じ。螺子れたり寄れたりすればその部分で力が溜まりショートする。平であれば垂直でも傾斜でも正常に稼働する」
「分かりました。キャンバスはどこでも可能ってことですね。では最後に」
息吹戸は一呼吸おく。
「召喚以外に使う魔法陣の、稼働できる最小限の大きさはどのくらいですか?」
魔法陣は召喚送還だけではない。結界や付属効果、幻術や誘導、回復や捕縛など多岐にわたって使われる。
玉谷は少し考え込んだ。
彼女がこの分野の質問をするのは初めてだった。興味の方向が変わってきたのは、和魂が使えなくなったからだろうか? それとも。
と、不安が過ぎる。
「ふーむ。術者の技量に左右されるが、よく使われるのは栞サイズだ。細い筆を使えば、親指サイズの大きさの護符や呪符も可能かもしれない。儂が見たことあるのは親指大……だったな」
玉谷の脳裏に亡き戦友が浮かび、少しだけ懐かしさに顔をほころばせた。
「分かりました! 有難うございました!」
息吹戸はぱあっと笑顔になった。
知りたかった事を聞けたので大満足である。
お前の娘はこの分野に初めて興味をもったぞ。と、玉谷は心で戦友に呼びかける。
しかし手放しにでは喜べない。以前の彼女とは明らかに違う趣向だ。
まるで別人だ。と、思いかけたところで、今はそれどころじゃない。と首を振って疑心を吹き飛ばす。
「もう質問はないか?」と聞くと「はい!」と元気のよい返事が返ってきた。
「頼んだぞ」
「はい、行ってきます!」
話している間に他の職員は全員出払っていた。
最後になった息吹戸は玉谷に手を振りながらオフィスからでる。誰もいなかったので玉谷は手を振り返した。
わぁ。と息吹戸は小さく歓喜の声をあげ、にっこりと微笑んでドアを締めた。
「記憶がなくなっただけで、あの子は瑠璃だ。信じなければ……」
誰もいなくなったオフィスで、玉谷の声が静かに響いた。
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