表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ  作者: 森羅秋
第三章 アンデッド霊園屯あふれそう
83/361

第83話 和気あいあい

(そうだ、こんな時は!)


 椅子に座る前に本棚へ足を向ける。

 隙間時間に読もうと思っていた二冊の本を取り出し、にやにやと口の端を緩ませながらデスクに置く。それは呪詛じゅそについての知識本だ。大判でページ数は五百ほど。武器として使える分厚さである。


(本を読みながら待ってよう)


 この会社は案外自由がきく。

 勤務中でも飲食やトイレ休憩がしっかり出来るし、体調が悪ければ医務室で休めるし、病院に行ける。寝不足なら仮眠も取れるうえ、本部から10分以内に戻れる場所なら仕事に関係ない外出も許されている。


 なので、堂々と本を読んでも咎めない。

 仕事のスキルアップに繋がる内容であれば、逆に勧められるほどだ。

 そのことを知ってから、暇をみつけては専門書を読み漁っていた。


 ペラペラとページをめくる。

 上質紙なので手触りが良い。1ページごとにびっしり文章が書かれており、図形やイラストがカラーで掲載されていた。

 呪術も古今東西、メジャーな内容からマイナーな内容まで載っている。

 ここに書かれているということは、実際に効力があるのだろう。


(呪詛かー。目に見えて在るっていうのは、やっぱ凄い事だよねえ)


 呪詛は祈祷きとうや願掛けの一つである。

 神や仏に頼んで、相手を不幸にすることを目的とした儀式だ。

 通常ならば、肉眼で捉えられない曖昧な超常現象である。


(この世界は神が実体を持って直接干渉できるんだよね。それを考えると、神同士の戦いを、人に代理させているようなもんだよ。だから呪詛返しもしっかり伝承されてるし、どの術に対してどう対処すべきか、という、種類別項目もあると。ふむふむ)


 思読み始めたら面白くて没頭した。

 ふと、通路が賑やかになったな。と、思った直後にオフィスのドアが開いた。

 

「ひゃー! なんだあれしんどかった!」

「くったくた、腹へったぞ、食べに行くか!」

「ただいま戻りましたー!」


 彼雁ひがん端鯨たんげい津賀留つがるが疲労満載で入ってきた。

 時間を確認すると18時になっている。


(うーん。もう少しで読み終わるし、こっちに集中しちゃおう)


 息吹戸いぶきどは労いの声をかけるよりも、本を読破する事を選んだ。


「お疲れ様です。凄いにおいですね」


 と、声をかけつつ、礒報さがほうがドアに歩み寄った。


 自覚があった三人は顔をしかめて苦笑いを浮かべ、津賀留つがるが「でしょ」と代表して答えた。

 彼らの髪はぼさぼさで、顔や手は汚れている。

 厚手のジャンパーとスラックスが、泥や埃や返り血で汚れていて、泥の匂いがほんのり漂った。


 彫石ちょうこくは彼等を一瞥しただけでパソコンと睨めっこ。

 勝木は席を立って駆け寄り、


「よ! おつかれ」


 と労う。


「ゾンビの数がすごくて……」


 津賀留つがるが苦笑いを浮かべると、


「倒すのも骨が折れたが、燃やすのも疲れたぞ。何十体火葬したか分からん」


 端鯨たんげいが肩を押さえながら呻く。


 アンデッドを倒した後、肉片を残すと汚染が広がる事があり、さらなるアンデッド発生を促すことがある。

 そのため討伐後には念入りな火葬と消毒が徹底されている。

 倒すよりも後処理が面倒な案件だ。


「もう、しばらくゾンビやグールは勘弁してほしい……です」


 彼雁ひがんが頭を掻き、口から深いため息をはいた。

 大勢のアンデッドを片付けてきたので、鼻に腐敗臭がこびりついて気分も悪い。


「ちょっと待ってください」


 彼らのげんなりした様子をみて、すぐに礒報さがほうはリフレッシュスペースに向かい、設置されているタオルウォーマーからホットタオルを多めに取り出し、小走りで持ってきた。


「はい、タオルをどうぞ」


 流れる様な綺麗な動作で、蒸しタオルを疲労困憊ひろうこんぱいの三人に手渡しをする。

 彼らはお礼を言いながら受け取って、顔や手の汚れを拭きとり始めた。

 汚れを落としていくと爽快感が戻ってきて、三人の表情が緩んだ。

 「はあ。生き返る」と誰かが呟いた。 ほっと一憩ついている3名の背後で、ドアがバンと乱暴に開かれ、ドアの周囲に集まっていた津賀留つがる達は驚いて目を丸くする。


「だから! あの時に浄化しろっていったじゃない!」

 

「失敗したわけじゃないからいいでしょ!」


 二人の女性が会話の節々で語尾を強め、喧嘩腰になりつつオフィスに入ってきた。


「良くない! 見てよこれ! ゾンビの返り血!」


 カミナシのジャンパーごと染みこんでしまったのか、ワイシャツの左肩から腹部にかけて、どす黒い色と異臭を放つシミがある。


 それを見せつけながら、糸崎有希香いとざきゆきかは吠えた。


 彼女はもうすぐ30になる小柄な女性だ。

 本来はアイドルのようなキュートな姿なのだが、今はカールした茶色い髪も、丁寧に化粧されていた顔も汚れている。つけ睫毛も取れてしまい、不格好に拍車がかかっていた。


「ああもう、うるさいなー!」


 問い詰める糸崎を、鬱陶うっとうしそうに睨むのは章都小袖しょうとこそでだ。

 30代になったばかりの平均身長の女性。大輪の花のような美しい容姿をしているが、中身はごろつきのように荒々しい。


 彼女もまた、黒い返り血が灰色の背広を汚く染めている。カミナシのジャンパーでは防ぎきれず、染みこんでしまったようである。


「忙しくて手が回らなかったんだって、言ってんだろ! 分かれよ!!」


 頭を振りながら答えるので、章都のライトブラウンの長い髪がふわふわと揺れる。


「そう言って、いつもーーー!!!」

「だからなーーー!!!」


「はい。お二人ともストップです」


 慣れた手つきで礒報さがほうが二人の顔面に蒸したタオルを押し付ける。

 当たった瞬間、二人同時に「あっつーーーー!」と悲鳴をあげ、


「急に押し付けないでってば、火傷するじゃないのよ!」


「もうちょっとぬるくなってからちょうだい、っていつも言ってるでしょーが! シメっぞ!!」


 それぞれが礒報さがほうに文句を言うと


「まあまあ。お二人とも。落ち着いて下さい」


 津賀留つがるが彼女たちに間に割って入り、笑顔で話しかける。


「このホットタオル。いい匂いがするんですよ。それに熱々で気持ちいですね。汗や汚れた顔がスッキリします」


 屈託ない津賀留つがるの笑顔をみると、糸崎いとざき章都しょうとはお互いを見合わせ「そうね」と少し照れながら同意し、温かいタオルに顔を埋めた。

 

 すっと匂いを嗅ぐと、ジャスミンの香りがする。肺の中が異臭からジャスミンに置き換わったところで、二人はタオルから顔を離し、「さっぱりした」と清々しい笑顔をみせた。


「ふふふ。鶴の一声とはこのことですね」


 礒報さがほうが含み笑いしながら呟くと、津賀留つがるの汚れた髪をタオルで拭き始める。


「わわ! 大丈夫ですよ!? わわ」


「背が低い分、頭部にもかかってましたからね」


「えええ!? そうだったんですか!? 拭いてくれてありがとうございます」


 津賀留つがるが素直にお礼を言うと、女性達は妹を愛でるような柔らかい瞳を称えつつ、薄く笑った。


読んで頂き有難うございました。

更新は日曜日と水曜日の週二回です。

面白かったらまた読みに来てください。

物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ