第84話 原因が見当たらない
彼雁と端鯨は和やかな空気に包まれている女性陣を眺めている。
こうやって遠くから眺める分には気品がある女性たちの集いだ。彼女達は黙っていればとても華やかである。
うっすらと艶やかに染まる赤い唇から紡がれる言葉は
「あのゾンビまじ最悪。悪臭で鼻いてぇーっ」
「股間蹴り上げで死ねばいいのに」
悪態をつくセリフに頼もしさ感じながら、勿体無い。と視線で会話をして、彼雁と端鯨は苦笑いを浮かべる。
そういえば女王様は? と、彼雁は息吹戸に視線を移す。
彼女は本に夢中でこちらに興味を示していなかった。
珍しい。と、思うが、話しかける勇気はない。
視線は出入り口の女性陣に戻される。
章都と糸崎が入って数分後、通路に足音が響いた。バンとドアが開く。
「戻った」
今度は濡れ鼠ならぬ、ゾンビ返り血で汚れきった東護がオフィスに入った。
すぐに部屋の中を一瞥して、玉谷が席を外していると分かると険しい顔つきになる。
「玉谷部長は……別の場所か」
「東護さん!」と、礒報と章都と糸崎が同時に名を呼んだ。
まるで甘いチョコレートを口に含んだような、とろけた余韻を響かせる。彼女たちの目にうっすらハートマークが浮かび上がっている姿を見れば、男性陣も苦笑いを浮かべるしかない。
容姿も実力も血筋も金銭面もほぼ完ぺき備わっている、いわば、高級物件。吸い寄せられる異性は数多に存在する。
ただ一つ欠点をあげろと言われれば『性格』と答えるだろうが、そんな欠点すらも良いという強者もいる。
そんなモテモテ東護も、今はゾンビの血を浴びて体から異臭を放ち、清潔さがダウンしている。
しかし彼女たちにとっては血も滴るいい男にしか映っていない。
「こここ、これ! タオルをどうぞ」
この機を逃す物か! と、礒報がサッと蒸しタオルを差し出した。
「助かる」
東護は視線を向けて薄く笑い、タオルを受け取った。
「い、いえ! 当然の事で!!」
礒報は顔を赤くして下を向くと、章都と糸崎が、抜け駆けしたな。と鋭い視線を飛ばす。
その視線を跳ね除けて礒報は唇を波立たせ、真面目な表情を辛うじて保つと、糸崎と章都は良い気になるな。と嫉視の視線を浴びせた。
バチバチと激しく行われる女性たちの攻防に気づかないふりをして、東護はタオルで顔や頭を拭きながら、礒報の隣に居る勝木に視線を向けた。
女性陣で影が薄くなっていたが、ずっとそこに立って一人ひとりに労いの言葉をかけていた。
タイミングが悪く、章都達に気づかれていなかったが、彼は全く気にしていない。そればかりか、元気で結構、と、にこやかな笑顔をみせている。
東護はハートマーク視線から逃れるべく、勝木の背後に回り込み、彼を盾にしつつ話しかけた。
「勝木さん。部長はどこに?」
「一時間前に情報部へ行ったきりだ」
「そうか」と返事をすると、勝木が顎を触りながら「うーん」と唸る。
「墓場アンデッドについて、何か進展があったかもしれないな」
二日前、天路中央地区の数か所の霊園に突如アンデッドが出没した。
払っても、払っても、時間経過で出没するため連日大忙しだ。
今回は禍神の姿がなく小規模ということで、カミナシが担当することになった。
しかし小規模とはいえ出現回数が多く、いつ住民に危害を及ぼすか分からない深刻な状況だ。
まだ原因究明が特定されておらず、効率的な対処が出来ていないため、今は被害が増えない事を目的としたアンデッドを一掃する方法が取られている。
「そうだといいが……」
憂いを帯びながらため息を吐く東護に
「果報は寝て待てだ! 焦るなよ! 時には時間も必要だぞ!」
と、勝木は叱咤激励した。
「いやでも、ほんと、一杯出てくるから参った」
「全くだ。霊魂系じゃなくて肉体があるタイプだから、不思議でならない」
彼雁と端鯨がさり気なく勝木の話に混ざった。
「スケルトンならともかく、ゾンビもグールもいるなんて、あり得ない。行く度に種類が増えてるんですよぅ」
彼雁が悲壮な面持ちで項垂れると「そこが不思議だな」と勝木が同意する。
葬儀は火葬中心なので、ゾンビなどの腐った死体はまず霊園から出てくることはない。
どこかで別の世界と繋がっている、と考えるのが妥当なのだが。出現場所を調べても魔法陣は発見できなかった。
ほかに考えられる線は、生者を殺して死者にすること。
こっちの線が濃厚だと思われるが、すでに100を超えるゾンビが出没している。
こんなに大規模であれば不審な話を耳にするはずだが、現段階ではそんな情報は入ってきていない。
「ここ最近を調べましたが、大勢の行方不明者は出ていません」
津賀留が女性達から離れ、彼雁と勝木の会話に割り込む。すっかり汚れが落ちて綺麗な顔になっていた。
「ゾンビ騒ぎで、数人行方不明になっていますけど。あれだけの数であれば、大勢の行方不明者がいるはずです。だから、他の世界から召喚されていると」
「でも、魔法陣なかったよな?」
津賀留の言葉を遮って端鯨が口を挟む。
彼の意見に賛同して彼雁はうんうんと頷くと、津賀留は表情を曇らせた。
「その通りです。東護さんと一緒に血眼になって現場を探索しましたけど、何もなくって」
彼雁は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「俺達も同じ。地面や墓石もチェックしたけど何もなかった」
「本当におかしい。絶対に他の世界から来てると思うんだがなあ」
「そうですよねえ」
頷きながら、津賀留は掃除用具入れの隣に移動する。『汚染物入れ』と書かれた長方形の大きな箱の中に使用済みタオルを入れた。
ここ入れておけば、あとで医療部の掃除係が回収して浄化と洗濯をしてくれる。
津賀留が入れ始めると、他の者もそれに習うように使用済みタオルを入れはじめた。
糸崎と章都はタオルを入れた後、自身の匂いを嗅ぎながら顔をしかめる。顔と手は綺麗になったが、体中に悪臭がこびりついており、鼻が曲がりそうだ。
「もー! タオルだけじゃ駄目!! シャワー浴びてくる!」
「私もそうするわ。部長が来たらちょっと待ってもらうように伝えて」
伝言を頼むと、「はい。いってらっしゃい」と礒報が頷く。
それを聞いて女性達は足早にシャワー室へ向かった。このまま仕事するなんて無理だと、大声で言いながら、速足でオフィスから出ていく。
「あ! わ、私も行きますーー!」
津賀留もシャワーを浴びたかったので、駆け足でついて行った。
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