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おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ  作者: 森羅秋
第三章 アンデッド霊園屯あふれそう
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第81話 同僚たちの視点

 時計を見ると時刻は午後四時を回ったところだ。


(予定よりも早く仕上がっちゃった)


 あとは玉谷たまやに書類を渡して、記載ミスなど直しがなければ報告書は終了だ。


「部長。出来上がったんで、そっちに送っていいですかー?」


 息吹戸いぶきどがデスクの目隠しからひょこっと顔を出すと、玉谷たまやは彼女を見ずに「構わない」と短く返事をした。

 機関専用回線があるので、文章のやりとりは主にメールで行われる。その後デジタルデータ化と書類の二種類で保存される。


 玉谷たまやにデータを送り、手隙になった息吹戸いぶきどは椅子から立ち上がった。ずっと座りっぱなしだったので、気分転換に自販機で飲物を買うためだ。

 チラッと津賀留つがるのデスクを見る。空席だ。

 なんだか寂しくなってしまい、静かにため息をつく。


(話し相手が居なくて寂しい)

 

 この世界に来てまた間がないため、玉谷たまや津賀留つがる以外の人と会話らしい会話をしていない。

 玉谷たまやは常に多忙で書類やパソコンと睨めっこ。電話応対で忙しいので話しかけにくい。

 津賀留つがる東護とうごと行動を共にすることが多いので、留守も多い。


(ちょっとだけでいいんだけど……)


 息吹戸いぶきどが同僚たちに視線を向けと、サッと視線を外される。

 関わり合いたくないと暗に物語っている。そのため話しかけるタイミングがなく、会話にすら至っていない状態だ。

 

(名前は覚えたんだけど、名前を呼ぶタイミングがあんまりない)

 

 たとえば、事務処理で勤しむ30代後半の女性。

 礒報歩さがほうあゆむ。ほっそり顔、一重瞼で切れ長の目で大和撫子な風貌。黒髪をお団子にまとめている。中肉中背で背も平均的。一つ一つの動作が雅でゆったりしている物静かな人だ。打っても響きにくいタイプだが、リーダーシップ性が強い。

 

 同じく事務処理しながら電話中の30代後半の男性。

 彫石玄太ちょうこくげんた。顔立ちに素朴さと無邪気さが残る柔らかい風貌だが、寝不足気味なのか目の下にクマがある。背は160後半でやや低め。猫背でほっそりとした華奢な体格。神経質で時間ぴったりに動いている。正当な理由なしに遅刻すると般若面がにょきっと出てくる。

 

 先ほど背後を何度か通り抜けた勝木も、息吹戸いぶきどと目が合おうとすると表情を引きつらせてサッと顔を横に向ける。


(なんだろう。目が合うとバトル案件になるのか?)


 息吹戸いぶきどに対しては余所余所しい彼らでも、津賀留つがると話しているときは気さくで、後輩を大事にする雰囲気だった。性格も温和そうなので、時間をかけてこちらから歩み寄れば、人間関係を修復できそうな気がする。

 

(まあ、当面は難しいけど。普通にしていたら話すキッカケくらい、あるはず)

 

 その機会を狙うか。と、虎視眈々《こしたんたん》な目つきになった息吹戸いぶきどは、口角を少し上げた。 

 行動しないと変化がないのは身をもって知っている。

 どうせ好感度最低値だ。これ以上下がり様がないはず。と妙な自信を得たところで、オフィスから出た。


 その様子を三名は目で追って、安心した様にふぅとため息をつく。


「今日も穏やかですね。彼女」


 彫石ちょうこくがそう切り出した。勝木と礒報さがほうが頷く。


「俺が背後をうろうろしてもキレなかった。大分丸くなってるぞ」


「そうですね。目を見ても舌打ちされませんでしたし。無駄に悪態をつくこともなかったです。室内の雰囲気も平穏でした。これが記憶喪失の恩恵ならば、ずっとこのまま……」


 礒報さがほうがドアに視線を向けたまま、後半は消え入りそうな声で語る。


「それは……思うな」と勝木が同意したところで、彫石ちょうこくが首を左右に振る。


「お二人とも気を引き締めなさい。今はあんな様子でも記憶は必ず戻ります。元の彼女に戻るでしょう。うっかり痛い目に遭いたくなければ、距離感はそのままにしておくのが無難です」


「そうです、ね。今は交流できたとしても、元に戻れば、言葉を交わす事すら難しくなります。こちらに慣れてはいけませんね」


 礒報さがほうは残念そうに頷くと、勝木は腕を組んで天井を見上げながら、うーんと唸った。


「元に戻ってもあの性格であればいいのだがなぁ……そうはいかないか」


「今回がおかしいのです勝木。どれほど強い呪いを受けたのか、考えただけでも背筋が凍ります」


彫石ちょうこくは眉間に皺を寄せながらそう締めくくった。勝木と礒報さがほうは同意するように頷くと、それぞれ作業に戻って行く。

 

 玉谷たまやはその光景を眺めていた。

 『記憶は必ず戻ります。元の彼女に戻る』が脳内で反芻される。

 その通りだと素直に頷けないのは、胸にしこりのように残る漠然とした不安だった。


 『彼女は息吹戸瑠璃いぶきどるりである』

 過ごす時間が長くなるにつれ、その確信が薄れていく。

 『彼女は息吹戸瑠璃いぶきどるりではない』

 その想いが日増しに強くなっていく。


 前者であれば万々歳だ。いつも通りの日常である。

 後者であれば…………どうすればいいか分からない。

 上層部の判断を仰ぐ形になるだろうが。懐柔して味方のままか、処刑して殺してしまうか。その二択を選択しなければならないはずだ。

 

 頭と胃が同時に痛む。が、表面上は冷静を装って仕事を続ける。

 今は様子を見るしかない。

 何も出来ない自分を歯がゆく思う、玉谷だった。

 


読んで頂き有難うございました。

更新は日曜日と水曜日の週二回です。

面白かったらまた読みに来てください。

物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。

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