第7話 逃げて追いかけて連れて行く
『私』は捕らぬ狸の皮算用よろしく、脳内で単純計算を済ませて愛想笑い……いや、猛々しい好戦的な笑みを浮かべた。
その顔を見た男性は硬直が解ける。咳払いをして気を取り直すと、すぐに好戦的な目を向けた。
「ゾンビ消したからこれでいいんだろ。さぁ、始めようぜ!」
あくまでも男性の目的はストリートファイトのようだ。戦闘体勢となり腰を低くして構える。五メートルほど距離を開けているのは『私』の間合いに入らないようにしているのだろう。
「よし!」
『私』がガッツポーズをしながら気合を込めると、男性の闘争心は高まった。
「屋上へ行くから手伝ってヤンキーお兄さん!」
しかし待っていたのは『私』からの協力要請であった。
予想もしていなかった事態をうけ男性がピシっと固まる。その顔は宇宙猫であった。しばしの無言の後、「……はあ?」と訝し気に声をあげる。
「なにを言って……」
『私』の行動と発言に戸惑っていると言わんばかりに、男性は引きつったような表情を浮かべた。
「だから協力して」
『私』から協力要請を反復され、男性はショックを受けたような顔になる。額に汗をにじませて視線をあちこちに飛ばしながら「聞き違い……じゃないのか?」と口ごもる。
(なんなんだ?)
『私』は不審者を見るような眼差しを向ける。男性の返事を待っていると時間がかかると判断して話を進めた。
「ここの屋上、嫌な予感するでしょ?」
右手の人差し指を上へ向けると、男性は乱暴に頭を掻いた。
『私』の態度に当惑して頭を左右に振ると、天井に視線を向けて小さくため息を吐いた。ゆっくりと『私』に視線を戻す。憤怒が消えて普通の顔になっていた。
「そりゃ。嫌な気配するだろうよ。異界の神を降臨させようとしている現場なんだから」
「なにそれ美味しい!」
『私』がぱぁっと目を輝かせると、男性は再び表情を引きつらせる。言いたいことがあるような顔をして「……はあ?」と疑問符を投げかけた。
「私は妹分を助けなきゃいけないミッション中なの。ここで出会ったのも何かの縁。協力してよ!」
男性は「ん?」と眉をひそめた。
「妹分……それは津賀留のことか? 津賀留がここに囚われているっていうのか?」
しばらく音沙汰なかったが、と男性が怪しむように呟く。
「つがる?」
『私』が不思議そうに問いかけると、
「お前の後輩だろう? そんな風に呼んでいるとは知らなかったが……。そうか、それで急いでいたのか」
男性が納得したように頷いた。
(そっか。妹分は『つがる』っていうのか。これまた名前なのか苗字なのか分からないなあ。まぁいっか)
「ってことで、時間ないから協力ヨロ! ついでにここで何が起こってるか、知ってるなら説明もよろしく!」
『私』は敬礼の真似をして、相手の同意を得ずに「じゃあ行こうか」と先に進み始めた。
「は?」
ぽかんと口を開けていた男性がハッと我に返って、今更ながら、理由を求めるため呼びかける。
「お前が俺に協力ってどーいう風の吹き回しだ? 津賀留が絡んでいるとはいえちょっと……」
「ヤンキーお兄さん急いで。階段あっちにあるから」
『私』が振り返って手招きをすると、男性は混乱したように頭を振った。
「だから、いや、お前の行動が、全く理解できない……なんで?」
男性はパクパクと口を開閉させながら、顔面筋を怒と困と呆へ忙しなく動かした。コミカルな表情だが本人は気づいていないのだろう。状況の整理が追いつかず真剣に考えているが、ついて行くことに決めて、『私』の後ろを追うように走り始めた。
(ついてきた。良かった。一応味方枠だな)
『私』は安心しながら壁にある隙間を通って階段に到着する。
男性は隙間を不思議そうに眺めて、「解け」と言いながら、トン、と壁を叩く。壁がスライドして通路の幅になると男性がそこを通って階段に到着した。
「え!? なにそれ凄い!」
『私』がキラキラした眼差しを向けると、男性が一歩下がる。
「凄いって……普通に解除しただけだが……いやそもそも……」
男性が次に発する言葉を真剣に考えている。
だが『私』は待たない。さっさと階段を上っていく。
「ヤンキーお兄さん、固まってないでさっさと動いて」
男性は色々考えたが、訂正させなければいけない箇所を優先した。
「俺はヤンキーじゃねえええええ! 祠堂壬人だ! 揶揄ってんのか!」
『私』は階段を上りながら「しどうみことくん?」と復唱する。
男性こと、祠堂が寒イボ全開になりながら「君づけするな!」と吠えた。
『私』は通路を走りながら「祠堂壬人さん!」と大声でフルネームを言えば。
祠堂は「さんづけもするな!」と怒鳴る。
『私』が階段を上りながら「祠堂壬人!」と呼び捨てにすると。
祠堂はフロアを駆け抜けながら「呼び捨てにもするな!」と反論した。
『私』は階段を指差ししながら「ヤンキーお兄さん階段あったよー!」と呼ぶと。
祠堂は「行くとはいってねええええ!」としっかりついて行った。
『私』が階段を駆け上がりながら「おっそーい!」と挑発すると。
祠堂は「待てやああああ!」と叫びながら憤慨した形相で追ってきた。
(これは高校生のノリだなー。さてと、この階段は今までよりも長いけど……これはもしかして)
駆け上がるにつれてどんどん空気が重くなっていった。
ボスのフロアに近づいたことを感じて、『私』は口角をあげる。
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