第64話 誘導という攻撃開始
『こちら本隊。誘導班、陽動お願いします』
インカムから伝達が届くと、息吹戸はは心の中で歓声を上げながら素早く立ち上がった。
「援護ヨロ!」
一声かけて茂みから飛び出すと、正親と四方が用意していた式神を放つ。
「いけ!」
「動け!」
二十枚の形代が、二十体の狸として具現化する。茂みから飛び出し一斉に息吹戸の後を追った。
一気に足音の振動が増えたため、ヒュドラの九つの頭が一斉に同じ方向に目を向ける。
隣の首を押しのけるように上下左右に頭を揺らして、息吹戸と狸たちをジッと見つめた。感情の読めない瞳であるが、瞳孔が広がったり細くなったりと、少しだけ動揺を表しながら舌をちろちろ出している。
息吹戸はヒュドラの動きが蛇に似ていると感じた。
(頭が多い蛇ってだけかも。だったら背後に回れるね)
蛇は前方六〇度くらいしか視野がないが、聴力と熱感知が最大の武器である。
狙われなければ存分にチャンスはあった。
ヒュドラは沢山の足音で興奮し胴体が伸びあがる。左右に体を揺らしながら狙う獲物を選ぶ。キュっとヒュドラの目が狸たちに焦点を合わせた。ちょこまかと動く小さい生物に興味が湧いたようだ。
息吹戸はヒュドラが狸に釘づけだと感じて背後に回り込む。
「キューーーー!」
ヒュドラは九つの口から紫色の霧を吐きだした。分かりやすい色をしたポイズンブレスである。三十メートルほど広がると周辺は毒に覆われた。前もって対策したおかげで息吹戸と隊員たちは毒に侵されない。
視野は狭まったが、息吹戸と狸たちはヒュドラの位置を把握しているため臆さず突き進んだ。
弱ることなく元気に走ってくる狸たちを、ヒュドラは頭を小刻みに動かしながら不思議そうに見つめるものの、すぐに好奇心が瞳に宿る。舌をぺろぺろ出しながら、狸の進行方向にゆっくりと頭を下ろした。
口を開けたヒュドラが近づくと、狸たちは一斉に四方八方に散って逃げるような動きで誘った。九つの頭がそれぞれ狙いをつけると、ふたつの口が見事に狸を捕えた。
ヒュドラが、ごくん、と丸飲みする。
唾液で全身が濡れ瞬間、狸はピンを抜いた手榴弾のように爆発した。
パァン!
風船が破裂するような音をたてながら、蛇の首がはじけ飛んだ。
それをみて目を丸くするヒュドラだったが。
パァン!
続いてもう一つ、蛇の首がはじけ飛んで地面を跳ねる。
ヒュドラの巨体が爆発の衝撃でグラリと揺れて胴体が傾く。肉と骨が露わになると大量の鮮血がふき出した。そこへ――
「いっけー!」
広戸、久下、坂の指示を受け、三羽の鳥の和魂が飛翔する。傾いて反撃できないことを良いことに、火炎放射を放ち傷口を焼いた。
「シューーーッ!」
ヒュドラは熱さと痛みに耐えきれず上体を大きくそらした。首を左右に振りながら和魂を追い払うと、両隣の頭が傷口に噛みつき唾液で火を消した。
「シャアアアア!」
ヒュドラは怒りに満ちた顔で、あちこちに毒の息を放つ。再び紫色の煙で視界が塞がれた。
「毒は効かないぞ」
正親と四方が得意気に囁く中、
「おい、あれをみろ。瘴気だ」
久下が震えながらヒュドラの頭を示す。
頭部にあった血が地面を染めていた。血に触れた草木がみるみるうちに枯れていく。そして飛び散った血液が空気と混じると瘴気となり周辺を漂い始めた。瘴気の影響で木や草が見たこともない植物に生まれ変わる。
「やばい。汚染が始まってる」
隊員達は禍々しい瘴気と、煙の向こうからこちらを睨みつけるヒュドラに恐れ慄いた。
「居場所がバレてる、隠れろ」
標的にされないようにすぐに木々の裏に身を隠すと、正親は目くらましのつもりで式神を放った。
「シャーシャーシャー!」
七つ首になったヒュドラはサッと隠れたアメミット隊員と、周囲を走り回る狸たちを睨む。長い舌を出しながら、シュルシュルと威嚇音を放ち、ゆっくりと隊員に近づいた。
(わあ。あれが和魂の力なんだ)
息吹戸はヒュドラの背に乗っている。
息を潜めながら首に近づき、そのついでに和魂を観察していた。前に見た時は輪郭がぼんやりしていたが、今はハッキリと形が分かる。
(和魂は純粋なエネルギーの塊っぽいね。霊魂というか、神霊というか、触れない知的生命体な感じ。術者の魂と結ばれてる感じがする。その影響か同じ能力でも姿形が全然違う。いいなー! ベストフレンドじゃん)
動物いいなと思いながら息吹戸はヒュドラの首の付け根に到着した。首の断面から湯気があがり焦げ臭いにおいが漂う。超接近したもののヒュドラにまだ気づかれていない。
(とりあえず首が再生されていない。神話通りだね、よかった)
にやりと笑うと、妙な気配を察したのか一つの頭が下を向く。目が合った。ヒュドラは息吹戸に気づくと、威嚇音をあげながら噛みついてきた。
「お!?」
と声を上げて息吹戸がするりと避けた。目標を失った牙は自身の鱗を剥がして身に突き刺さり、他の頭が「キャ!」と小さな悲鳴を上げた。
息吹戸はステップを踏みながら中央の首に鉈を振り下ろす――
カァン!
ものの、強靭な鱗によって鉈が弾かれる。
(体重が足りない、よぉっし!)
息吹戸は中央の左にある首を駆け上がる。他の首が追いかけ噛みついてくるので、小刻みに左右に避ける。するとヒュドラは首や体を大きく揺すって振り落とそうとした。
「いいしなり!」
息吹戸は強くしなった首から弾き飛ばされる勢いを利用して、不死の首に全力で鉈を振り下ろす。
その瞬間、身体の中から何かが出てきた感覚があった。それが手を伝わり鉈に伝わる。
「って、鉈がちょっと大きくなってる?」
鉈が白く輝き、刀身に光が纏うと、十センチほど刃渡りが伸びた。
全力で力を籠めるイメージが功を奏し、備わった神通力を開放することが出来た。
息吹戸は驚いて目を見開いたものの、すぐに、口の端に笑みを浮かべた。
「切れそうだね! よぉっし!」
反動と体重を乗せた一撃は強靭な鱗を突破して、首の半分をいとも簡単に切り裂いた。
(斬れた! しっかし、着地どうしようかな)
勢いをつけすぎたため息吹戸は足場を失くし宙を舞う。
このままでは地面に落下、再びよじ登って首に接近しなければならない。面倒だと思った矢先、二つの頭が口を開けながら追撃してきた。
空中では足場がないので回避は不可能である。だが息吹戸は丁度良い持ち手とばかりに、目前に迫った口の端っこを掴むと、ひょいっと上に回転して頭の後ろに着地。そこを足場にして飛翔した。
狙うは半分まで切った不死の首である。
再生し始めている傷口に切っ先をねじ込み、凪ぐと、風を切り裂く音と共にスパッと切り落とした。
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