第49話 監視目的で組まされたようだ
パタン。と、ドアが閉まったところで、東護は玉谷のデスクを両手で叩いて身を乗り出した。玉谷は迷惑そうに眉を潜める。
「部長。一体、何をお考えで? 和魂を扱えない、知識がなくなった役立たずの息吹戸を使う理由は? 御守りは御免だと言いましたのをお忘れでしょうか?」
怒り心頭で訊ねると、玉谷はふぅとため息をついた。
「息吹戸は、禍神の転化を解いた」
「!?」
職員全員が驚いたように息を飲んだ。
「まさか」
否定する東護に、玉谷は「そう思うが」と前置きをして。
「津賀留から聞いた話だ。息吹戸は鏡を出現させ、禍神の攻撃を弾き。結界を張って境界を創り出したばかりか、転化を解いたと。鏡の名は八咫鏡と言っていたそうだ」
東護が表情を歪めながら「つまり?」と促す。
「息吹戸は攻撃能力はなくても、防御や解除能力方面が強化されているようだ。呪詛の中でも特に解除が困難な転化。これを解除できる人材はそうそういない。攻撃に匹敵するほど特殊能力だ。それで今回の任務をあてがった」
玉谷は重々しい口調で言い切った。有無を言わさないと態度が物語っている。
「その話を信じるならば、ですが」
東護が疑心を宿した眼差しになると、玉谷は椅子の背もたれに体を預け、両腕を組んだ。
「疑って当然だ。だから真偽を確かめたい」
「それで討伐に参加させると?」
「津賀留の言葉を疑うつもりはないが、本当に『鏡』なのか確認しなければならない。東護の判断を頼りにしている」
東護は黙った。
彼の知っている息吹戸は、傲慢で自己中心で攻撃的な女性だ。
それゆえ和魂も荒魂に近いものがあり、その攻撃力で従僕を倒し、いくつもの禍神を撤退させ、辜忌を退けてきた。
そもそも菩総日神の信仰が薄い彼女が、神力を直接取り出せる『鏡』を扱えるなんて荒唐無稽な話である。
一つの可能性としてあげるなら、霊魂が入れ替わることだが。それは元の霊魂が消滅しなければならず、息吹戸に限ってそれはありえないだろう。
単なる記憶喪失なのに慎重すぎると疑問に思うが、玉谷の胸の内を理解出来るわけない。
だが上司の命令であるなら請け負うしかないだろう。
東護は悪感情を抱きながら承諾する。
「分かりました。見定めるだけならばやりましょう」
玉谷はホッとしたように口角をあげた。
「いい返事が聞けてよかった。どのみち、今回の協力要請はお前達でなければ凌げないと向こうが判断している。あれがどのような状態であれ儂は戦えると判断している。くれぐれも互いを潰し合わないように。頼むぞ」
「それはアレの出方次第です」
東護は皮肉な笑みを浮かべてから、軽く会釈をすると、そのままオフィスを出て行った。
彼の背を見送った玉谷はどっと疲れて深い溜息を吐いた。部下の心変わりをさせないように説得するのは重労働だ。
一息つこうと思ったところで、職員が目の色を変えてデスクに集まってくる。
「部長! 今の話は本当ですか!?」
「性格のほかに能力の変更!? ありえないわ!?」
彼らも玉谷の考えに動揺を覚えて詳細を求めた。
「憶測の域だが万が一のこともある。各々の可能であれば探ってくれて構わないが、確定するまでは普通に接してほしい。ただし、決して息吹戸に悟られないように。下手をしたら死人がでる」
職員たちはなんとも言えない表情になると、了解したと頷いた。
彼らが散ったところで、今度こそ玉谷は一息ついてペットボトルのお茶を飲む。
一服したので再び書類に目を通すが、内容が頭に入ってこない。
苦肉の策だったとはいえ、火薬と毒薬を引き合わせるようなものである。互いに制御不能となり共倒れする可能性も考えられた。
「うまくやってくれるだろうか」
左手で額を撫でつつ、祈るように目を閉じた。
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