第45話 前途多難なもう一人の相棒
息吹戸は声を漏らして笑ったいながら、「たしかに、分かりやすい」と感想を述べた。
水流が消えると、羽ばたきの音も声もしなくなり夜の静寂が戻った。
首を動かして百八十度、景色を一瞥すると、地面に吸血鬼が沢山落ちている。穴の開いた生首のおもちゃが転がっているような光景であった。
「はぁ」
あからさまにため息をつきながら、東護は歩み寄ってきた。そして息吹戸の前で立ち止まると、軽蔑したような目で見下ろす。
「何を遊んでいるんだ息吹戸。この程度、五分もあれば片付くだろう」
自分の実力なんてこれっぽっちも把握していない息吹戸は、「そうなの?」と聞き返す。東護は嫌悪感を隠すことなく、口をへの字に曲げた。
「話に聞いていたが、無様だな」
彼も玉谷から状態を聞いているが、この程度の雑魚で手を貸さなければならないという状況に苛立ちを隠せない。まるで新米以下の一般人だと毒づく。
「そりゃどうも。お手数おかけしました」
皮肉に対して特に反応せず、息吹戸は肩をすくめるだけにとどめた。
言葉から伝わる嫌悪はさておき、一応助けてくれたことに対して感謝を述べておく。
「とりあえず、ありがとうございます。全体攻撃出来ないから助かりました」
東護は少しだけ眉を動かした。
侮辱する言葉を発したのに噛みつくことなく無視をしているので驚いている。別人のようだと彼雁が言っていた。確かにそう思える態度だが、記憶喪失であろうとも根本は変わらない。
東護は強く睨んで相手を制した。
睨まれた息吹戸は少しだけ首を傾げてため息を吐く。
(めっちゃ睨まれてる…………)
なんとなく、何かを思い出しそうだ。
(敵意に混じった殺意の視線だね。これは■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……)
何故か黒塗りで潰された。
(はぁ。しかしまぁ、大変だなぁこの体)
息吹戸は痛い程刺さる視線にうんざりしながら、頭を振りつつ立ち上がる。
嫌っている人の方が多いと認識しているが、東護は別格のようだ。明らかにこちらを敵視している。
悪関係を修復できたらいいが、現段階で積極的に行う相手ではなさそうだ。突っついたら、突っついた分だけ好感度が下がる気がする。いや、マイナス数値が更に増えるだけだ。
過去でなにかあったのか気になるが、今はあまり深く考えない方がいいとまとめる。
各々考える事は違えど、東護と息吹戸はずっと視線を合わせていた。
その雰囲気は冷え冷えを通り越え極寒だ。相手の荒を狙い、何かあればそこを突っついて攻撃しようと思案している。
津賀留は、まただ……と冷や汗を浮かべながら、雰囲気を壊すべく東護に話しかける。
「あの、東護さん。応援にかけてつけて頂き、有難うございました」
津賀留が深々とお辞儀をしながら礼を言うと、東護は視線だけ向けて「別に」と答えた。極寒の雰囲気が若干和らいだが、愛想のない男だと息吹戸は思った。
(とはいえ、私以外では普通の対応なのかも。でもクール系っていうよりもクールドライ系。好きな人が出来てもデレるかどうかわからないタイプ……顔がいい分、これは女性にモテそうなキャラ設定……)
息吹戸は「あれ?」と声をあげた。
大変なことに気づいてしまい、すぐに津賀留に確認をとる。
「東護ってことは、当分この人と組むってこと?」
仕返しとばかりに指さしすると、東護は嫌そうに目を細める。
「はい。そうです」
津賀留は引きつった笑みで答えた。
息吹戸から「うわぁマジか」と本音が出る。慌てて口を押えて「ええと。よろしく?」と取り繕ってみると、東護は嫌そうに眉をひそめて数歩距離を取った。
態度に出過ぎて、逆に清々しく感じてしまった息吹戸はつい笑ってしまう。
「東護さんって呼んでいい?」
「本当に何も覚えてないんだな。軽々しく話しかけるな」
「次の仕事からよろしくね」
気にせず声をかけると、目障りな存在だと呟き、東護は元来た道を歩き始めた。
息吹戸は彼の背中を見送り、姿が見えなくなって、津賀留に話しかける。
「津賀留ちゃん。彼の事もう少し詳しく教えて。敵意ビシビシくるんだけど、私なにかしてた?」
津賀留は「詳しく知りませんが」と前置きをして、
「お二人は昔、一度だけ相棒を組んでいたそうです。最初から仲が悪かったと聞いています。東護さんが息吹戸さんにあんな態度を取るようになったのは、組んでから二年目からだと噂があります。仲の良い同僚に、取り返しのつかない事をされた、と漏らしていたそうですよ」
息吹戸はパチパチと瞬きをして「詳しいね?」と聞き返すが、津賀留は首を左右に振った。
「あくまでも噂です。本人たちは口を閉ざしていますから」
息吹戸は軽く肩をすくめて、「そっかー」とため息を吐く。
「息吹戸は嫌われ者だねぇ。何をどうしてこうなったのか」
苦笑いを浮かべながら若干ションボリしていると、津賀留は強く否定した。
「そんなことありません! 私は息吹戸さんが大切です!」
「わー、ありがとう」
適当に励ましてくれているのかと思ったが、
「本当ですからね!」
津賀留は真剣に感謝の気持を伝えようと、必死に見つめている。
想いが真摯に『私』の心に伝わり、この世界でも孤独じゃないって感じて嬉しくなった。
こうして、息吹戸となった『私』の一日は、イベント密度が高く、目まぐるしいものであった。
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次回は二章となります。どんな出来事が舞っているのかお楽しみください。
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