第44話 人間は空を飛べない
息吹戸は攻略方法を考えた。
片手が塞がっている状態では動きに制限が出ている。だが津賀留を一人にすると彼女に群がってしまう危険性があるため、一緒に行動するしかないようだ。
(うーん、鏡の能力が役に立つとは思えないなぁ)
光ぐらいなら出せるかもしれないが、太陽光でなければ倒せるイメージが無い。
そもそも吸血鬼系は弱点が多様であって一定しない。物語の数だけ個性がある。一般的な弱点が効くものもいれば個性的な弱点を備えていたり、最近は弱点がない無敵もいたりする。
パターンが多すぎて絞り切れない為、息吹戸は素直に津賀留に尋ねることにした。
「津賀留ちゃん。生首の効率良い倒し方ってある?」
「ええと。一言で言えば、なんでも効きます」
一瞬、間が空く。
「弱点だらけ?」
「はい。朝日は勿論、聖水、物理攻撃や属性攻撃全部。捕縛も可能です。動きもやや鈍いので、統率とれてなければ一般人の方でも倒せます」
「単体だと弱いけど、集団行動で強くなると」
「そうですね。噛みつかれると吸血されますし、一斉に群がって来られたらすぐに出血死となります。これだけ多いと数分でミイラとなります」
津賀留が淡々と答えていく。
そこに怯えも混乱もなくとても冷静であった。
場数を踏んでいるんだなと息吹戸は感じ取ってから、はぁ、とため息を吐く。
「全体攻撃がほしい。数が多いから殴るだけで仕留めきれるかどうか」
うーんと唸りながら、近づく吸血鬼を殴り倒す。
「息吹戸さん。現場の位置を発信したので、近くにいるカミナシが応援にくると思います」
「おや? いつの間に?」
「さっきからずっとやってました」
津賀留は抱っこされている間、ただ守られているわけではなく、リアンウォッチの操作して現在地を本部に送っていた。
「ナイス!」
そう叫んで息吹戸はジャンプする。
そして横で飛んでいる吸血鬼の頭部を踏み台にしてジャンプ。
さらに前方に居た吸血鬼の頭部を踏み台にしてジャンプ……を数回繰り返し、この並木通りの中で一番高い木を目指した。
(ボスってのは大体、少し離れて全体を見渡せる位置に居るのがセオリーよね。この場所で高い木はあそこだから……)
一番高い木に向かってジャンプした瞬間、十匹ほどの吸血鬼が螺旋状にやって来た。
(わぁ。空中戦。どうすればいいんだろう?)
先頭の顔を蹴って距離を取るが、次がすぐに迫ってくるのでこれも蹴る。
不安定にならないようバランスを取るが、四方八方から飛んでくるので津賀留を抱えているともどかしく感じた。
(これじゃマズイな!)
そもそも人間は空を飛ぶ様になっていない。
無茶ぶりである。だから飛ぶ生首を踏みつけながらよく空中散歩を保っていられるなと、自分にツッコミしておく。
分が悪いと判断してボスを探すのを諦めた息吹戸は、吸血鬼の隙間をみつけて地面に降り立った。
それを追うように十数体の吸血鬼が耳を羽ばたかせて垂直に降りてくる。
(全体攻撃がほしい! でもまずは防御しないと。そうだ、大きな鏡で殴っちゃえ!)
攻撃方針が決まったところで、津賀留を降ろして鏡をイメージする。すぐに出すと吸血鬼が軌道を変えるため、ギリギリまでひきつけた。
(あと少し……)
「行け」
低い男性の声が聞こえた。
するとパノラマ一杯に広がっていた吸血鬼たちが、大量の水に飲まれた。
声を発することもなく、水圧の衝撃で顔面が次々と破裂していく。
驚いて「あ!」と声を出すと、「あそこ!」と津賀留が並木道の向こう側を示した。
そこに男性が一人立っている。
二十代後半のスーツ姿の男性で、黒髪でハーフアップバングの髪型。背の高い、がっしりした身体つきの人物で、端正な彫りの深い顔をしていた。眉目秀麗といって間違いないだろう。
漂う雰囲気が冷たく、触ると拒絶されそうな印象であった。
(ん? なんかどっかで見た事あるような? どこだっけ? えー、覚えてないやー)
彼は満身創痍の小鳥を担いで車で病院に運んだ人物だったが、息吹戸の記憶には留まっていなかった。
「あれが東護さんです」
津賀留が本人に気づかれないように指さしをする。
息吹戸は、これが性格に難ありの、と呟きつつ東護を見据える。
「モデルみたい。…………カミナシは顔の偏差値が高い人が入社するの?」
数人会っただけだが、見た眼麗しい人達が揃っている気がした。
唐突に放たれた場違いな感想が聞こえて、津賀留は「え? そう、かもしれない、ですね」と口ごもった。そんなこと考えた事もなかったので寝耳に水である。
「いやぁでも、助かった」
息吹戸が夜空を見上げると、水流が空を駆け巡っていく。水流の隙間から、生首がぼとぼと落ちてきてころころ転がっている。どれも顔に穴が空き絶命していた。
ごとん。と音がして、息吹戸の目の前に一回り大きな吸血鬼が転がった。その吸血鬼は肌を白く塗っており、目元に太いアイライン。口元にへの字の紅が引かれ、まるで歌舞伎役者であった。
「これがキングです」
津賀留が指し示すと、息吹戸は思わず、ふふっと笑った。
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