第4話 とりあえず進め進め
順調かに思えたフロア移動だが、上に行くに従って難易度が上がってきた。
まずワンフロアずつしか進めない。
そしてゾンビが沸くので逃げる際に遠回りとなる。
この二点により大幅な時間ロスが発生していた。
(ううう。迷宮探索ゲームだこれ。時間内にミッションクリアできるのか不安になってきた。屋上まであとどのくらいあるのかなぁ)
『私』は窓に近づいて景色をみる。
上がって上がっても、切り取った絵を張り付けているかのように、外の景色に変化がない。
そのため、おおよその高さすら予想できなかった。
(もしかして、景色に変化がないのは空間が歪んでるから? 小説によくある結界とか……外部と遮断されているのかな)
ビルの内部が変な作りで妙に広いのも、ゾンビが徘徊しているのに外は至って平和そうなのも、結界のせいで空間が歪んでいるからと考えると、納得がいく。
「凄い凝ってるけど、私、何時間寝てるんだろう。寝坊しないか心配になってきたな」
『私』は再びフロアを駆け抜け、階段を上がる。
それを繰り返していくうちに、どんどん焦燥感が募っていった。
「んっ!?」
不意に、『私』の心臓がドクドクと脈打ちだして、全身の血液が逆流しているような感覚が襲ってくる。
(上からだ!)
『私』は天井の向こう側を見据えた。
地割れが起こるような力が発生したと、肌で感じて鳥肌がたった。
「なんだなんだ? 嫌な気配を上から感じる。これは……ヤバイ、ぞ」
救出時間が残りわずかだと、『私』の中から誰かが囁いた。
とはいえ、やることは変わらない。
上を目指すのみである。
前方で何かが動く気配を感じて『私』は物陰に隠れてやり過ごす。ゾンビ二体が緩やかに通り過ぎた。
距離が空いたところで、音を立てずにゾンビとは反対の方向へ移動して距離を取る。
離れていくゾンビをチラッと見たが、気づかれない。
(ホラーでよくある見つかったら即アウト系に変更して、隠密行動メインでやらせるとは、飽きない展開だ)
『私』は耳を澄ませる。
フロアのおおよその間取りが頭に浮かんできて、ゾンビの位置と数が把握できるようになった。
(時間経過で出来ることが増えているみたい。どこでパワーアップ手に入れたんだろう?)
物陰に隠れてゾンビを見送り、素早く移動する。
(不思議といえば、ゾンビの数も爆発的に増えた。もしや屋上が近いから増えた?)
物語の終盤で敵がうじゃうじゃ出るのはよくあるパターンである。
(でも、逃げ回るのはそろそろ限界っぽい。蹴散らしたほうが良さそうだけど)
手を見た。血色が良くてすべすべである。
(箸より重い物が持てない手っぽい。ステゴロする人には見えないし、うーん、呪文? って何も思い浮かばないし。途中で色々探してみたけど、掃除用のモップすらなかったし。どうしよー。武器がない。でも素手はなぁ……)
『私』は腕組みをしてから「うーん」と唸った。
「ん? 何かくる?」
折れ曲がった通路の奥から、何かやってくる気配がする。
耳を澄ましてみると、走っている足音だ。ゾンビではないと考えた『私』は、期待に胸が膨らんだ。
(やけに力強い気配。これはもしや中ボスっぽいのが、業を煮やしてあっちから来たのかも!? それならそれで助かるな)
『私』は血管の浮き出たマッチョゾンビを想像する。どれだけグロテスクなのだろうと期待しながら到着を待つ。
曲がり角から現れたのは、どう見ても普通の人間であった。上下黒いスーツの上に碧と白の模様が入ったジャンパーを羽織った男性である。
驚いて『私』は目を見開いた。
ゾンビしかいないと思っていたので驚きもひとしおだ。
(あっれー! 生きてる人間だ! 敵か味方か分からないけど、物語が動いたってことでいいのかな?)
男性は『私』から五メートルほど手前で急停止すると、黒い手袋をした指でビシっと『私』を指さした。
「俺と勝負だ! ファウストの現身!」
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