第37話 我が家は汚部屋
家路を歩く息吹戸は、迷うことなくアパートに到着した。繁華街の中心だったが、ほとんど一本道だったため迷うことはなかった。
「ここかー!」
アパートは四角いコンクリートの一般的な外装だ。ドキドキしながら中へ入る。住人には会わなかった。
エレベーターに乗って三階へ。あっと言う間に到着し降りた途端、自動で照明が灯った。吹き晒しの通路を歩いて305号室のドアの前に立つ。表札はないがここだろう。
持ってきた鍵を差し込んで回すと、ガチャリと音がした。ゆっくりと開ける。
まず、鼻に匂いが届いた。
(くっさ!)
鼻をつまみたくなるほどの異臭がする。通路の明かりで玄関を確認すると、ゴミ袋の山が出迎えてくれた。
(なんだよこの異臭は! やっぱり覚悟してよかった)
玄関の電気スイッチを手探りで探し、灯す。
小さな玄関に散乱したパンプスが沢山在って、げんなりしながらドアを閉めて鍵を掛けた。
「うううあああ」
短い廊下にもゴミの山が積まれているのを見て、思わずゾンビの声を出してしまう。
「よし! いくぞ!」
意を決して靴を脱ぎ、小さなごみを踏まないように注意しながら中へ進む。すぐにリビングに到着、壁のスイッチを探して。スイッチオン。明かりがついたので間取りを確認。
「1LDKか。そしてリビングも台所も汚い」
リビングには最小限の家具を埋めるゴミ袋、それに入り切らないゴミが散乱。服も散乱。下着も散乱。埃はあちこちに塊となっている。
唯一ベッドだけ、何も置かれていなかったので、ちゃんと寝に戻っていると推測できた。
ともあれ、まずは換気だ。
見渡してすぐにゴミの草を抜けて、ベランダに直結している窓を開けると、淀んだ生臭い空気が薄まっていった。
「はぁ、はぁ。キツイ」
マスクが欲しいと思いながら台所へ行く。
リビング並みの惨状だった。いや、食品がある分リビングよりも凶悪な匂いだった。
「うんうん、自炊しない人だ」
お湯を沸かして食べたと思われる器が洗わずに放置されている。開いたレトルトパックがあちこちにある事から、レンチンで飢えをしのいでいたに違いない。
(まぁ、片づける時間がないにしろ。汚部屋なのは間違いない)
こんなに美人なのに片づけられない女子だった。
ガッカリする反面、まあ今なら普通かなと思い直す。
仕事に忙しくて家事を疎かにする事は多いし、精神的になにかあったのかもしれないし、元来の片づけ下手なのかもしれない。
今の彼女にとっては、どんな理由でこの惨状になったのか、推測するくらいしか出来なかった。
(まぁ。いっか。とりあえず片づけよう)
これでは眠ることすら困難だ。適度に片づけてしまえばいいや。と気持ちを切り返える。
まずは台所から燃えるゴミと燃えないゴミ資源ごみの分別に入る。
(ん。この世界のゴミ問題はどうなっているんだろう?)
息吹戸は立ち上がり、ゴミ収集カレンダーを探すべく。台所やリビング、お風呂場を漁った。結果は惨敗だった。
(どうやって情報収集しよう)
この部屋、テレビもなければパソコンもない。スマホも探してみるが見つからない。
(まさか、ネットがない世界。ってことはないよねぇ)
ちょっと不安になってきたところで、どこからか音がする。
(着信音?)
音は上着のポケットから聞こえている。
出してみると、電子腕時計から音が鳴っている。
(アラームかな?)
何気なく右手首に腕時計を付けると、パッと画面が空中に浮かんだ。そこには『CALL:津賀留小夜』と書かれており、下に『着信』と『拒否』の文字が出ていた。
「くくく、空中ディスプレイ? なにこれ凄い!」
近未来の道具に目を輝かせ画面を凝視して、ハッと我に返る。
絶対に、今、電話に出ないといけない。聞きたい事が山のようにあるのだ。
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