表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ  作者: 森羅秋
第一章 馴染むところから始めます
36/360

第36話 いろんな意味で恐怖を覚える

「鍵あったーーー! 財布合ったーーー! これで家に帰れる!」


 きっとスマホは家に忘れてきたのだろう。


「これは、また今度」


 整えた書類を、スペースの開いた引き出しに丁寧に入れた。

 そしてくるっと玉谷たまやに向き直ると、ぺこっとお辞儀をする。


「じゃぁ部長、また明日……明後日かな! 何時までに入ったらいいですか?」


「朝の八時半だ」


「了解です! ではお先に失礼します! そちらの方々もお先に失礼します!」


「!?」


 彼雁ひがん端鯨たんげいにお辞儀をしたらドン引きされたが、息吹戸いぶきどはルンルン気分で職場を後にした。

 いつの世でも、仕事が終わるとテンションがあがるものだ。





 息吹戸いぶきどの足音が遠ざかって、「やれやれ……」と、玉谷たまやが頭を掻きながら自分のデスクに戻る。

 

 部下たちは今見た事が信じられないのか、頬をつまんだり叩いたりして現実かどうか確認している。


「幻じゃない!」


 現実だと分かった彼雁ひがんは、滑りそうな勢いで玉谷たまやの傍に寄ってきた。恐れてビクビクしながらドアを指し示す。


「ああああ、あの、部長。息吹戸いぶきどさんの様子、凄く変じゃ……」


 その声が気つけになったのか、端鯨たんげいが勢いよく玉谷たまやに振り返った。極寒の地から生還した人のように顎を小刻みに動かしている。


「どどどど怒鳴らないししししなな殴ってこないししししい、息吹戸いぶきど、ですよねねねあれ」


 どんな凶悪な禍神まがかみと対じしても決して怯まない部下たちが、ここまで挙動不審になるとは。と玉谷たまやは呆れた様に交互に二人に視線を向ける。


息吹戸いぶきどは記憶喪失になっとる」


 二人は「はあ!?」と戸惑いと驚きの声をあげた。


「いやでも、彼女は記憶喪失何回かやってますけど、あんなに大人しいことなかったじゃないですか!!? 根本的性格はそのままでしたよ!?」


 と、直ぐに否定する彼雁ひがん


 そのとおりだったので、玉谷も「それは……そうだが」と口ごもる。


「本人はなんて言っていますか?」


 若干落ち着きを取り戻した端鯨たんげいが口を開いた。


 呪詛の影響で記憶が欠落することは多々ある。討伐対策部に所属する者は強力な力の直撃を受け、記憶を失ってしまう経験が何度かある。


 息吹戸の記憶喪失頻度は多いが、それでも『~が欠けてしまった』とか『その辺の事が抜け落ちている』程度である。思い出せない苛立ちを他者にぶつけていたが、隠すことはしなかった。


 今回もそのパターンだと思い、端鯨たんげいは訊ねたのだが、玉谷たまやが困った様に腕を組んだので、二人は眉を潜める。


「息吹戸ではない。別人だ。と言っていたが」


「別人……。誰かの魂が息吹戸いぶきどの体に宿ったということでしょうか? でもそれは……」


 端鯨たんげいの考えは最悪のパターンであった。玉谷たまやはすぐに一蹴する。


「いや、それはないだろう。オーラは息吹戸いぶきどそのものだ」


 溢れだす生命エネルギーは彼女特有の力強さと癖があり、偽物ではないと確信できる。


「確かにそうですね。息吹戸いぶきどさんで間違いないと断言できます」


 彼雁ひがんは自信をもって玉谷に同意してから、それに、と続ける。


「別人だとすると、息吹戸いぶきどさんの魂が消滅したって言ってるようなもんですし。彼女をどうにか出来るなんて、禍神まがかみでも困難ですよね!」


 端鯨たんげいはポンと手を打った。


「それもそうだ! カミナシで最強女王様に敵はなし!」


 あはははと二人の笑う姿をみた玉谷たまやは、ゆるんだ表情を浮かべた。

 笑い終わった端鯨たんげいは額に手を当てる。


「しかし。あの様子だと業務に支障がでるのでは?」


「それもそうですね。女王様の抱えている案件は俺らの実力じゃ足元にも及ばないし。部長、いつ頃記憶が戻るのか予想出来ますか?」


「ううむ。見ての通り、あれは強力な呪詛だろう。西側の部署にいる磐倉いわくらを呼ぼうとは思っているが……、あっちの案件が済み次第だから、一か月以上はかかるのお」


 端鯨たんげんが「ん?」と声をだす。


磐倉いわくらさんに頼むという事は、もしや魂が別人とお考えで?」


 玉谷たまやの眉間に深い皺が寄った。


「念のためだ。磐倉いわくらならば、息吹戸いぶきどがどのような状態になっているか、正しく『知る』事が出来る」


「そうですね。自然に解除されるのを待つよりも、磐倉いわくら先輩に頼む方が早いかもしれません」


 彼雁ひがんがそう進言する。



 磐倉いわくらは過去が見える能力を持っている。生まれてから今に至る時間から前世の状態も見通せる上、過去に通っていない道筋の先も見る事が出来る菩総日神ぼそういちしんの血を濃く受け継ぐ一人でもあった。


 記憶喪失・魂欠如の回復、転化解除とといった特殊技能にも特化しており、カミナシだけではなく、アメミットですら引っ張りだこになっている。常に転勤状態なので、所属地が本部だということも忘れそうなほどだ。


 端鯨たんげいは「そうだな!」と相槌を打つ。

 玉谷たまやは彼らを見つめた。


「今回は本部一課のメンバー以外に、息吹戸いぶきどの状態を漏らさないようにしろ。変な輩にそそのかされて、敵に回ってしまう可能性がある」


 と注意事項が付け加えられた。

 重々しい口調から、彼が楽観視していないと感じ取る。デスクの行動を思い出し、端鯨たんげい彼雁ひがんは「承知しました」と頷いた。


 玉谷たまやはついでにと、もう一つ念を押す。


息吹戸いぶきどは一般常識すら忘れているから、聞かれたら教えてやってほしい」


「ん!」

「うえ……」


 二人同時に拒否反応を示した。

 心底彼女に関わりたくない彼らは「精励せいれいします」と渋々承諾した。


読んで頂き有難うございました。

更新は日曜日と水曜日の週二回です。

話を気に入りましたら、いいねや評価やブクマをぽちっと押していただけると嬉しいです。

感想いつでもお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ