第353話 久井杉の去った後
「はん。予め使い捨てに呪いをかけていたみたいだね。あいつらは回収係という名の囮だ。捕獲して油断した私らを吸収する算段だったんだろう」
比良南良は怒りを露わにしながら血に染まった畑を睨み「クズめ」と毒づく。
「はぁ。どうせ碌な情報がないとは思っていたが、食われちまったね」
荒魂が何かしら情報を得ることを期待するしかない。
ため息をついてから、比良南良は磐倉をみた。彼は投げ捨てた末端の襟首を掴んで引きずっている。
比良南良は感心しながら腕を組んだ。
「あの瞬間でそいつを救おうだなんて、よく思ったもんだ」
「これを救う?」
磐倉は怒りの迸った目になる。手を離して末端を雪の上に落とすと、胴体を足で踏みつけた。
「まさか。楽に死なせないためです」
そして六枚の神鏡を召喚する。鏡面の大きさは十五センチ。水銀を多用した金属の手鏡であった。
神鏡が末端の前後左右上空を取り囲み、末端の姿を映し出す。
首元にざらざらした舌のようなものが巻きついていた。これは呪いである。真実を話せば久井杉に食い殺される仕組みであった。
磐倉が舌打ちをする。
「尋問の前にチェックすれば良かった。久井杉の襲撃は俺のミスです。申し訳ありません」
頭を下げると、比良南良は謝罪の必要ないと手を振った。
「いらんいらん。私も指示してなかったからお前だけのせいじゃない。それより、どんな呪いがかかっとる?」
「真実を口にすれば食い殺され、久井杉の養分にされるようです」
「ヤツらしい。解除はできるか?」
「問題ありません。呪詛解除」
六枚の神鏡が輝くと、映っていた舌が煙のように消えた。解除成功である。
「終わりました」
磐倉が神鏡を消すと、比良南良は「相変わらず鮮やかだねぇ」と拍手した。
「お前、磐倉家を継ぐのか? ならそろそろ退職して嫁貰わなきゃな」
磐倉が鬱陶しそうな目を向けて否定しようとしたが、その前に金合歓がうわっと声を上げた。
「センセー。それはセクハラです。デリケートな問題だから触れたら駄目なやつ。勿論、俺に対してもその辺りは触れないで下さい」
茶化したような言い方に、比良南良が「はぁ?」と声をあげた。
「やっぱ最近の若造は女々しい。生娘と同じようなリアクションをするとは世も末だ」
「大げさですってセンセー。世の中のモテる男にも流行り廃れがあるんです。今のトレンドは繊細で気配りの出来るミステリアスな男です」
金合歓が自信満々語ると、
「まぁええ。私はもう愛だの恋だの通り過ぎたからよく分からん」
比良南良が会話を投げた。
トレンドって何だ、と磐倉が首を傾げると、金合歓がこちらを一瞥して、パチっとウインクした。どうやら比良南良の興味を逸らしてくれたようだ。
比良南良は気絶している末端の傍に行く。
「さて。こやつから情報を引き出すかな」
「それは俺たちがやります」
磐倉が末端の襟首をつかんで引きずって、金合歓の足元へ転がすと、彼は苦笑した。
「え、俺もやるのー?」
「当然だ。死ぬまで情報を吐き出させる」
嘲笑を浮かべる磐倉に対して、金合歓はジト目になって不機嫌をアピールした。
「お前がやればいーじゃん。壊せばいいんだから」
「だからお前が適任だ」
磐倉がしれっとした顔で言うと、金合歓が腕組みをして「んー」と唸ってから、まんざらでもない顔をした。
「そっか。なら、沈黙しているうちは全身に神経痛を与えて、肝臓と腎臓を駄目にして毒素を体中に巡らせちゃおう。情報を吐かせた後は信憑性を確認すると。良し悪し関わらず三日目で処分する。これでどうだ?」
「いいだろう」
ニヤリと、邪悪に笑う二人を見た比良南良は、呆れたように肩をすくめた。
「おまえさん達、拷問執行業務に馴染み過ぎだ。本部に戻ったら大人しくするんじゃそ」
金合歓と磐倉が驚いたように振り返った。
「何言ってるんですか。俺たちすっげー大人しいですけど!」
「心外です。どこをどう見たらそう思えるのか分かりません」
彼らが拷問執行に染まってないと主張するので、比良南良はますます呆れた。
「ううむ。マズイな。センスがあるから叩き込んでしまったが、拷問執行員に育てたってバレたらシブキから文句いわれそーだ」
比良南良のもう一つの業務が拷問執行である。敵の情報を得るために非人道的手段を用いることが許されていた。
この常務を遂行するにあたっては能力よりも人格が重視される。
優しすぎれば心を病み、冷酷すぎれば虐殺になる。
正義を歪めず、正しく扱える人格が必要であった。
金合歓と磐倉は適性が高かったため面白半分に教育してみたものの、どうやらしっかりと染まってしまったようである。
教育の方向性を間違ってしまった、と気づいたがもう遅い。彼らは勝手に、気の済むまで拷問技術を磨くだろう。比良南良は匙を投げた。
「よし任せた! 私は酒を飲みなおす!」
「ちょーっと! せめて今夜くらいは警戒しませんか!? 次もくるかもしれないでしょー!?」
「任せた」
金合歓の忠告を無視して、比良南良は母屋に帰っていった。
「ああもうセンセーはマイペースなんだから」
磐倉は末端の首根っこを掴んでズルズルと引きずっていく。
「どこ行くんだ?」
「寒いから土間でやる」
「賛成。締め切ったほうが暖かいもんね」
金合歓は雪を踏みしめながらついていった。
辜忌の末端は知りえる情報を全て吐いた。そうすれば命だけは助かると聞かされたからだ。
しかし真実を話しても常に疑われ、適当な話をすれば痛めつけられた結果、二日でこの世を去った。
ここで得た収穫は、食呪原材料のトマトの苗入手と、土に溶けた肥料の正体である。
畑にばら撒かれていたのは瘴気であり、それは久井杉に食い殺された常世達の成れの果てであった。
これらの情報を元に食呪の研究が一気に進むこととなる。
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次回は10/15更新です
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