第348話 解析の材料
比良南良がこの場所を訪れたのは、滝川ドームのリミット乙姫ライブで使われた『食べる呪具』に起因している。
『食呪』と名付けられた術式は、瘴気を蓄積・濃縮したカプセルの中に召喚の術式を組み込んだもので、体内に吸収されると霊魂に根を張り、特定の呪文を聞くことで召喚術が発動。
内側から従僕や禍神に転化する恐ろしいシステムであった。
食呪で転化したのはライブスタッフや観客のごく一部。
集めた遺体を解析・解剖したところ、完全に異界の生物と置き換わっているため、従僕化になると解除不可能であると判断された。
従来の魔法陣を描いてエネルギーを送る、いわゆる『外からの干渉』のではなく、エネルギーが蓄積している人を魔法陣の代わりにするという『内側からの干渉』という新たな手口に、研究者たちは頭を抱えた。
過去に食材に術式が組み込まれることは何度かあったが、この度は一線を越えた可能性があるため、早急かつ適切な対処が求められた。
そこで白羽の矢が立ったのが比良南良だ。
食呪対策責任者に任命されたため、彼女はまず、食呪構造の解析して、術式種類の解明と、エネルギー源の研究を行うこととなった。
だが食呪の解析は厄介なものであった。
少し構造を崩すだけで内部に圧縮された穢れが従僕のように牙を剥き、多くの怪我人を出した。
解析に時間がかかると判断して部下に任せ、比良南良はエネルギー源の特定を行うことにした。
穢れの材料を特定するためには、久井杉の足取りを追わなければならない。
屍処追跡は大変危険であるため、磐倉と金合歓が護衛しているという流れであった。
「お菓子工場の仕入れ一覧から、この場所を一発で選んだセンセーに脱帽です」
金合歓は感心しながら引きの良さに苦笑する。
「そりゃ、末端のパソコンに履歴が残ってたから一発だろうに」
比良南良が呆れたように眺めつつガリガリと頭を掻く。何重にもロックがかかっていたが、彼女は十分ほどで全て解除してしまった。
本人にとっては当たり前だが、第三者からみれば舌を巻くほどの高い技術をもっている。
「玉谷が面白いことを教えてくれたから動いてみたが、ビンゴだったとはねぇ」
樹錬は燐木が化けていた可能性がある――と、玉谷の進言を聞いた比良南良は十五人の執行班を率いて、天路国真北の口田県にある星関菓子工場に向かった。
工場は稼働していた。
ただし転化した従業員が機械を動かしてグミを生産しており、転化を免れた従業員は生命力を全て抜かれ、折り重なって絶命していた。
短時間で従僕を一掃したのち三人を工場に残して、その足で星関食品株式会社に乗り込み徹底的に調査。
会社は辜忌と関わりがないため、広告担当の樹錬が久井杉の命令を受けて実行したという単独犯という結論に至った。
「今回の侵略。犠牲は多かったが、すぐに食呪の存在が分かったのが良かった点だ。下手をすれば事件の真相が明るみにでるまで年数がかかったかもしれん」
食呪の脅威は、本人に自覚がないまま瘴気が溜まっていくことであった。
通常であれば、瘴気を溜めるには『儀式』『術式』『呪術』など痕跡が残るため、異変を察知しやすく対処することができる。
しかし食呪は条件を満たすまで変化がなく、条件が合えば一気に転化してしまうものであった。
ライブ会場にいた観客やスタッフ、アメミット、カミナシ第一課の章都は、食呪を取り込み瘴気を宿したが、誰も体内に潜む瘴気に気づいていなかった。そして降臨儀式の詠唱が流れなければ転化はしなかったと考えられる。
このことから、転化できる状態のまま活動させることができ、有事の際はトリガーを引くだけで従僕化させることが出来ると推測。予備動作や手順をすっ飛ばしてしまうと、対処や回避が間に合わなくなるだろう。
食呪が敵の主戦力となれば、あっという間に優勢がひっくり返り、敗北を期してしまうことは想像に難くない。
「これはおそらく出始めだ。広まる前に手を打てるからホッとするわい」
比良南良は肩をすくめた。
磐倉が重々しく口を開く。
「同意見です。今回の転化原因を見逃していたら、次も同じ騒動が起こることでしょう。当日滝登りドームにいた民の検査結果を見ましたが、食呪……リミット乙姫グミを食べた者は漏れなく穢れを体内に宿していました。詠唱を聞いても会場で転化しなかったのは運が良かったとしか言いようがない」
「それこそ、穢れ耐性が人によって違うってことだな。だから発動数値がバラバラになった。だが、詠唱を聞くと転化発動は免れない。これは一貫している」
比良南良が「まったく、よぅ出来とる」とため息混じりに感心する。
金合歓が首の後ろをこすりながら、不安そうな眼差しになる。
「そうなったら磐倉でも解除無理かもな」
「完全に異界の住人となったら無理だな。穏便にするなら送還するしかあるまい」
キッパリと磐倉が言い切ると、金合歓は悲しいと言いながら天を仰いだ。
「もうすぐ菩総日神様が降臨してくる。敵が身を潜める間に解除術を完成させたいものだが、こうなってくると、神に解析を頼む方が早いかもしれん」
静かに呟いた比良南良。
次の瞬間、ぱぁん、と手を叩く。
「さぁて話はここまでにして自由時間としようじゃないか。あんたらも朝まで好きにしなー」
二人は声を揃えながら「わかりました」と頷いた。
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