第347話 慣れは大事
持ち込んだのかよ、と磐倉が心の中で毒づく。
敵地にいる自覚があるのかと声を大にして言いたかったが、相手は自分よりも遥かに多くの戦場を潜り抜けてきた猛者である。彼女の考えを尊重すべきだと思い直した。
「……そうですか。ポータブル電源に余力があってよかったですね」
比良南良は怪訝そうに眉をひそめた。
「何言ってんだい。電気なければ土鍋で炊くに決まってるだろーが」
「結局米炊くのかよ! 何考えてんだこのババア!」
磐倉は反射的に罵倒したが、比良南良は鼻で笑って「当たり前だろう」と胸を張った。
「あ、すみません。本音が……」
磐倉が小さく謝罪すると、金合歓が笑い飛ばした。
「センセーは食にうるさくて有名なんだよ。運んだ機材の箱、あれの五分の一は食品や調理器具が入ってんだよね。ほら、お前の分」
と、ご飯大盛のどんぶり容器を手渡してくる。
「しかし……」
受け取ると、熱々の炊き立てご飯が磐倉の鼻腔をくすぐった。美味しそうと口元が緩みかけて、一文字にきゅっと閉める。
「だからやけに荷物が多いのか。変だなとは思っていたが、米や調理道具まで持ってくるとは思わなかった」
「俺はセンセーの班に何回も入れられているから慣れちゃった。毎回こんな感じなんだよ。米炊いたり煮物作ったり、あとはなんだっけ。焼肉とかもあったかな」
磐倉が目を見開く。
「調味料も仕込んでいるのか!?」
「さしすせそは必ずある」
金合歓が彼の横に座り、レトルトカレーの封を開けてご飯にかける。スプーンですくって食べながら補足した。
「センセーは調査と関係ないモノを常に忍ばせてくる。ほら、全部同じ箱に入っているだろ。あれは中身が分からないようにするためだ。下手すれば二重底の箱を用意して隠して持ってくる。そのくらいやるお人だ」
「……そこまでして食べたいのか」
磐倉は呆れたような視線を比良南良に向ける。彼女は一切気にせず、熱々ご飯に魚の缶詰をぶっかけて食べていた。
金合歓は憐れむ様な眼差しを磐倉に向ける。
「諦めろって。センセーと調査するとこーいう食事になっちゃうの。ほぼ十割の確率で」
「大丈夫なのかそれ」
「不思議なことに、非難出来ないんだよなぁ。面倒な部分はセンセーが作ってくれるから。あとやっぱ炊きたてご飯は最高」
金合歓が満面の笑みで答えると、磐倉が諦めたように「そうか」と小さく呟いた。
食事が終わると、持ってきたゴミ袋に使い捨て容器やレトルトパックなどを入れる。
ここは無人の平屋だ。ゴミは必ず持って帰らなければならない。
夜が深けてきた。
誰一人として就寝せず、囲炉裏の前で時間を潰している。
磐倉は目を瞑り、平屋に残る情報の解析をしていた。その姿は座禅を組んで瞑想しているようである。
「おい磐倉」
所用から戻って来た金合歓が囲炉裏の前に座って、解析中だと分かっていながら声をかけた。磐倉は鬱陶しいと口に出しながら耳を傾ける。
「聞いてくれよ、慌てて逃げたという証拠がトイレにあった」
「なんだって?」
「トイレットペーパーの新品が置いてあった! 少しお高いタイプの、柔らかくてしっかり拭けるあの! 使っちゃった!」
金合歓はお尻に優しい紙が使えてご機嫌になっていた。
最近まで人が住んでいる痕跡があったのに何を言っているんだ。と磐倉が心の中で呆れつつ、「へぇ」と生返事を返した。
「そして簡易水洗もきれいに掃除されてる。ここに住んでた奴は綺麗好きだったのかもしれないな」
「そうさね。手持ちに専用の道具がないから、早急にし尿汲み取りの手配もしとこうか」
比良南良が会話に割り込む。
「汲み取り……」
と呟いた磐倉と金合歓は渋い表情になる。
生物の糞尿の匂いや形を想像するだけで気分が悪くなり、眉間にしわを寄せる。
二人の反応とその理由に気づいて、比良南良は目を吊り上げた。
「なんだい最近の男は女々しいね。こーいう任務は隅々まで調査するんだよ! どこに何が含まれているかわからないからね! 人が手を出したくない部分ほど変なものが仕込まれていることが多いんだ! わかったか!」
流石は猛者だ。と磐倉と金合歓は舌を巻いて、「わかりました」と返事をした。
手配をするのならば明日は汲み取りをやらなくていいだろうと考えて意見に沿う。
二人が反省したと感じた比良南良は、満足したように一笑した。
「さて腹も膨れた事だし、脳に良い栄養が入っただろう。おさらいをするよ」
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次回は9/24更新です
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