第346話 ひやひやの晩御飯
残念だと首を振る比良南良に、磐倉と金合歓が「当然です!」と声を揃えて非難する。
「あの野菜めちゃくちゃ汚染されてたよね! 一目見ただけで分かったよね!? 明日詳しい調査するけども、サンプルとして持ち帰るか、ここで焼却だってば! 美味しそうでもダメですからね!」
金合歓が焦ったような表情を浮かべて捲し上げるので、比良南良は少々ムッとしながら「わかってる」と頷いた。
「それで鍋はまぁよしとして、このお湯は大丈夫?」
鍋で沸騰するお湯を示した金合歓に対して、磐倉が大丈夫だと返事をする。
「水質検査で異常はない。いまも何も視えないから問題ない」
磐倉が言うなら間違いない、と金合歓は安心する。
「ならよかったー! インスタントみそ汁でいいですよねー!」
腰を上げて食料が入っている箱に向かった。箱は部屋の隅に置いてある。
「それにしても。よく鍋を使おうと考えますね。俺にはできないことです」
「使えるモノは使っただけよ」
磐倉は言葉に皮肉を込めたが、比良南良は得意げに胸を張った。苛酷な戦場を生きてきた彼女にとって、その辺にあった物を使う、無ければ自分たちで作ることは当たり前であった。
「ところで薪はどこから調達したんですか?」
磐倉が不思議そうに聞くと、比良南良は裏口を示した。
「囲炉裏があるなら薪もあるだろうと思ってね。裏を覗いたら案の定、薪が干されていた。ここは生活感が残っているから、日用品や消耗品もあると思っていたよ」
そうでしたか。と磐倉が頷いた。
家を一周して様子をみていたが、術の有無ばかりに気を取られ、薪の存在をスルーしていた。
他にも役立つ物がないか探索しよう、と脳内業務リストに追加する。
「俺も明日調べてみます」
「お前は都市勤務が多いから見つけられるかどうか」
「おまたせ! みそ汁と缶詰持ってきた」
金合歓が三人分の夕飯を持ってきたところで、話題終了となった。
「お湯入れてやるからこっちに置きな」
比良南良が右手でパンパンと脚の横を叩く。
「はいはいー」
金合歓はカップ入り生味噌タイプのみそ汁の封を開けて、中に材料を入れ、比良南良の横に三つを一列に並べて置いた。
比良南良は囲炉裏鍋のお湯をおたまで掬い取るとお湯を突っ込む。
少々勢いが良くて周囲に水滴が散らばった。
「待って、こぼれてるー!」
「荒い」
金合歓と磐倉のブーイングするが比良南良は無視して、割りばしで味噌を解くと得意げに「できた」と言い、金合歓に持っていくよう指示を出した。
仕方ないなという表情をして、金合歓は二人分の味噌汁を持って磐倉の傍に行く。
ピーッピーッ
そのタイミングで何かの音が鳴った。
聞き覚えがある音だ。
そんなことを思いつつ、磐倉と金合歓は音の出どころに目を向けた。
テレビの横に三合炊きの炊飯器があった。白い湯気をプシューと出している。
よく見ればポータブル電源に炊飯器のコンセントが差し込んでいる、と見て分かったが。
なぜこんな場所にあるんだ。と二人の眉間にしわが寄った。
「おお、ご飯が炊けたよーだ。タイミングが良かったな」
比良南良がぱぁっと笑顔になる。炊飯器をセットした犯人は彼女であった。
「はあ!?」
何やってんだという意味を込めて磐倉と金合歓が叫ぶ。
それを尻目に、比良南良は膝歩きで炊飯器に行くと蓋を開けた。熱い蒸気がふわっと上がり、米の炊けた良い匂いが鼻腔をくすぐる。思わず唾液が出てきたので飲み込んだ。
「ほっほっほー。美味しくできたようじゃのー」
「なんで……米を炊いている……のですか?」
よりにもよって敵地で。と呟きながら、理解できないとばかりに磐倉は瞬きを繰り返した。
調査中の食事はさっと食べることができて、常温で保存できるレトルト食品や缶詰がメインである。
捜査に集中するためは勿論のこと、食事による隙や油断を最小限にする目的もある。
にも関わらず普通に米を炊くとは、流石に予想すらしてなかった。
「やったー! 炊き立てごっはーん。センセー、俺のご飯大盛でー!」
固まる磐倉を余所に、金合歓は万歳と両手を挙げて喜びを表すと、膝をついて炊飯器に向かう。
比良南良が「たんと喰え」と、使い捨てどんぶり容器にこれでもかと米を盛った。
ほくほく顔で座る金合歓を、磐倉は信じられないモノを見るような視線を向ける。
金合歓は比良南良の食のこだわりを知っているのでもう驚かない。それどころか「ケンキももらえって。美味しそうだぞ」と勧めてくる。
磐倉はイラっとして眉間に深いしわを作るが、比良南良は彼の苛立ちを笑い飛ばした。
「はっはっは。水質に問題なし。ポータブル電源があるなら米炊くわい」
磐倉は不安になり表情を曇らせた。
「まさかと思いますが……ここに置いてあった炊飯器を使っていませんよね? 流石そんなことしませんよね?」
比良南良がドヤ顔をする。
「当たり前だ、持ち込んだに決まっておろう!」
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