第339話 些細な違いから膨らむ憶測
どよん、と曇った空気を背中に背負いつつ、章都は第五会議室から重い足取りで出てきた。千鳥足のようにふらふらと歩くため臀部まで伸びらた長い髪がゆらゆらと揺れる。
彼女はたった今、眠気が吹っ飛んでしまうほどの恐怖を味わってきたところである。
「つ、かれたぁ」
六十分びっしり、玉谷による滝登りドームアイドル殺傷禍神事件聞き取り調査が行われた。
まず初動の封じ込め失敗の原因を述べるだけでメンタルに響いた。
そこから一度目の撤退、礒報の転化解除を受けて再度戦闘、その後の後片付けまで記憶にある範囲を事細かに語った。
その後に玉谷から鋭い質問が飛んでくる。
失態を掘り返されて苦痛を覚え、返答に詰まると大勢の命を引き出されて責任を問われる。
苦しくても責任転嫁もできない。まさに針の筵をたっぷりと味わった時間だった。
「久々のお説教は効いたぁ……始末書も書かないと」
章都は重量を背負って岩の崖をクライミングしたような疲労感を味わいながら、額の汗を袖口で乱暴にふき取る。緊張しすぎて口の中がカラカラ、舌もざらざらとしている。
「でもまぁ、次頑張ればいいか! 生きたもん勝ち!」
怒られたことを頭の隅に押しやって、章都はカラっと元気を取り戻した。
彼女は今、上梨卯槌の狛犬本部の一階、討伐一課と二課の間にいるため、多くの職員に目撃される。
元気だな、と生暖かい視線を受けながら、食料を取りに女子ロッカー室へ向かった。
ドアを開けて中に入る。入ってすぐはロッカーの背があるため中はみえない。
右に進むと長いベンチがある。
今度は左に曲がるとロッカーがコンクリート壁に敷き詰められ、背中合わせで列のように並んでいた。部署ごとに配列され名札に色がついている。
ロッカーの中央は荷物置き兼ベンチがおかれて、休憩をしたり着替えができるようになっている。両手を伸ばさなければ余裕で着替えられるスペースだ。
章都は討伐部なので出入口に近い場所にロッカーがある。
スリムロッカーL字二人用であり、章都が上、糸崎が下で使っている。
その隣は息吹戸のロッカーで二人用だが一人で使っている。理由は簡単だ。誰も入ろうとしないからである。
その隣が津賀留と礒報のロッカーで、一課女性が息吹戸ロッカーを挟んでいる形であった。
「さぁて、お菓子はぁっと」
指紋認証でロックを解除したあとに、チョコスナックを五袋取り出す。全部食べるわけではなく任務で迷惑をかけた礒報と津賀留への詫びも兼ねていた。
詫びが二百貨以内のお菓子ではやや誠意に欠ける気がするが、これをネチネチという輩ではないことを知っている。喜んで受け取ってくれるであろう特に津賀留が。
バタンとロッカーを閉めると。
「ええっ! それホントの話!?」
二つ向こう側のロッカーで驚く女性の声が聞こえた。
「ほんとほんと! すっごくおしゃれしてたの! びっくりするくらいに!」
「まっさかぁ。息吹戸さんが制服以外着てるとこ見た事ないけどぉ?」
「うんうん。私も制服以外は見た事なかったから驚いてるんだってば。誰か分からなかったくらい化粧も上手で」
「えー。意外。あの人、へたくそなイメージがする」
「おなじく」
「それでね。荷物を大切にしていたことから推測すると、デート帰りとか考えられるんじゃない?」
「ありえなーい」
「ないでしょそれ」
章都は速足でそこへ向かった。
「なぁなぁワタシも混ぜてくれよ!」
突然の乱入者にベンチに座っていた女性たちが「ぎゃあ!」と悲鳴を上げた。
本人に聞かれたと思ったようで顔を真っ青にしていたが、章都だと分かるとホッと息をついた。
談話していたのは開発部の女性職員だ。今はお昼休憩なので、ここでお菓子を摘まみながら話に花を咲かせていたようだ。
「しょ、章都さん……先日はお疲れさまでした」
女性達で一番年上である合温硝子が、ぺこりと会釈をした。
「ちょっと聞いてくださいよ。合温さんってば不思議なことを言うんですよ」
隣に座る二十歳女性、開発課研究部の井小呂波がお菓子をのけて章都にここへ座るよう手でベンチを叩く。
章都は遠慮なく座ると、持っていたお菓子の袋を一つ開けて三人に振る舞った。
「で。息吹戸がなんだって?」
続きを催促する。
「滝登りドームで事件があったじゃないですか」
開発課研究部の関あずさの何気ない一言に、章都は、う、と声を漏らす。
「合温さんが息吹戸さんの装備を届けたんですけど。そしたらなんと、息吹戸さんが滅茶苦茶おしゃれしていたって言うんですよ! 信じられます?」
読んで頂き有難うございました。
次回は更新です
物語が好みでしたら応援お願いします。励みになります。




