第329話 他人が語る黒歴史
「私の忠告を無視して突撃した祠堂さんが即死攻撃を受けそうになりましたが、息吹戸さんのお陰で命を拾った日でした」
祠堂が嫌そうに眉をひそめた。
「そこ、そうだけど、別に忠告を無視したわけじゃ……」
「好意を寄せていた女性に庇われた挙句、迂闊すぎると説教されたその悔しさから、売り言葉に買い言葉の応酬。そのあと何を思ったのか公衆の面前で『お前が好きなんだよ』と突然の告白により現場を凍り付かせましたね」
「あ……そ、それは、それは!」
祠堂の顔が真っ赤に染まったので、雨下野は超笑顔になる。
「皆なにやってんだこいつという目で見ましたけど、特に玉谷部長が凄かったですね。怒りを隠していなくて、それがもうおもし……恐怖を今でも思い出します。怒りのままに三体の禍神を葬った姿はどっちが禍神かと思うほどでした。その拳が祠堂さんの頬を殴ったときも空気が固まりましたね。正座してくどくどお説教を聞かされていましたものね。何度も手刀を頭に落とされてましたね。でも正論過ぎて誰も助け船が出せませんでした」
「なんでそんな詳細に覚えてるんだ!」
祠堂が牙を向けて怒鳴った。本人ですら忘れていた部分がいくつも並べられてしまい、恥ずかしさに悶えている。
雨下野は眼鏡をクイっとあげて位置を戻した。
「禍神五体同時出現ですよ? 息吹戸さんと勝木さんの協力でも長引き、被害が甚大になってきたため玉谷部長が参戦した異例の事態でした。阿鼻叫喚の最中で愛の告白です。忘れられません」
「前々から感じてたけど、俺のこと覚えすぎてるだろ?」
呆れたような祠堂のツッコミに対して、雨下野は上品な笑みを浮かべた。BLのネタにしていることは伏せ、いけしゃあしゃあと切り返す。
「当時の祠堂さんは私の部下でしたからよく観ていました。どれだけ空気を読まないアホな子なんだと呆れることも多々ありましたが、わずか一年で立場が逆転するとは思いませんでした。祠堂さんはとても優秀でアホな子です」
褒めながら貶す言い方に傷づいて、「アホな子って言わないでくれ!」と祠堂が訴えた。雨下野は「ですから『優秀』をつけてます」とフォローにならないフォローを入れる。
「アホなのか俺……」
しょんぼりしている祠堂を見下ろしながら、雨下野は意地悪い顔になった。
「アホですよ。ほら息吹戸さんに『弱いクソガキに興味ない』と拒否されてしまい、キレてしまったのはどこの誰でしたっけ? みな必死で禍神と戦っているのに個人的に喧嘩したのは誰でしたっけ?」
痛いところを突かれて祠堂は呻いた。
「勝負に勝ったら男として意識するように念を押していましたよね。次に告白したら必ずお付き合いする約束を取り付けましたね? 私が必死で攻撃を防いでいる後ろで、『お試しでもいいから付き合ってくれ』と懇願してましたよね? 戦場が激化するなかテコでも動かない祠堂さんをみて、討伐を優先させるために渋々頷いた息吹戸さんが気の毒でした。ある意味、脅しのようでした」
苦い記憶が蘇り、祠堂は何も言えない。
戦闘終了後、玉谷が怒りをあらわにして、場違いな行動が目に余ると怒鳴り散らした。
あまりの剣幕に周囲が凍り付く。
勝木が必死で宥めて場を取り繕いこの話は終了した。
帰り際に『今日のこと風潮したらいたぶって殺す』と息吹戸が脅したため、生き残った者たちは頑なに口を閉ざした。
アメミット本部に戻るとすぐに、上司から討伐に集中するよう注意を受け、後日反省文百枚提出を言い渡された。ちなみに反省文の枚数を決めたのは雨下野である。
「本当に、昨日のことのように思い出します」
雨下野は口元に人差し指を置いて妖艶に微笑んだ。
あまりにも胸キュンだったのでネタ帳に書き留め、アレンジして小説に組み込んだ。読み返せば祠堂のバタバタ告白が思い出されるという負の遺産だ。
「もう忘れてくれ! あとあの時は本当にすいませんでした!」
祠堂は雨下野から怒りを感じたため泡を食ったように慌てた。
しかし雨下野から「無理ですね」と拒否されてしまい、「マジかよ」と頭を抱える。
黒歴史を他人に覚えられてしまうのは苦痛だが、きっと彼女は忘れることはないだろう。
苦々しく思うがどうにもできないと祠堂は嘆くだけであった。
「それでどうするんですか?」
唐突に話しが変わり、祠堂が「は?」と声を漏らす。
「息吹戸さんが忘れているから『賭け』はなかったことにするんですか?」
「な……かったことにするわけねーだろ!」
祠堂はカッと目を見開くと、勢いをつけて雨下野を壁際に追い詰め、壁ドンをした。
「千載一遇のチャンスだ! 事情を説明して交際を受け入れてもらう! ファウストが忘れていようが俺には関係ないしあとで思い出したならなおさら好都合だ!」
雨下野は呆れた眼差しを向けながら、祠堂の腹に右手の人指をさす。
「と言いつつ踏ん切り付かないのは、お試し交際の後にさっさとフラれて終了するのが怖いのでしょう? 意気地なしですねぇ」
「お前怖い!」
ズバリと心情を言い当てられてしまい、祠堂は慄きながら雨下野から数歩逃げた。
「今までの祠堂さんの行動を考えたら余裕で推測できます。学生時代に恋愛をしただけで、あとは息吹戸さん一筋なのでしょう? 女性と交流経験値が乏しいはずなのでは?」
「だからお前怖い! なんでそれ知ってんだ!?」
祠堂は再び慄きながらさらに数十歩ほど逃げた。
雨下野は不思議そうに首を傾げる。
「何故って……祠堂さんと談話しているときです。それを覚えているだけです」
「だからって俺のこと覚えすぎだろ! 怖い怖い!」
「私たちは覚えることが仕事ですから、これは職業病みたいなものです。会話で覚えている私のことを怖いというのなら、貴方はどうですか? 息吹戸さんのプロフィールや行動パターンを調べあげてますよね? その情報をもとに外出していると予想して偶然を装って会いに行ったり、勝手にあちらの討伐に混ざったり、こっそり後をつけて途中で見失ったり。そうそう写真も撮ってましたね? それって裏を返せばストーキング。いわゆるストーカーですよね?」
「うぐっ!?」
盛大な言葉のブーメランが祠堂の胸に刺さった。違うと言いたいが否定できないため呻くことしかできない。
「行動を振り返り、マズイと思った部分は改めてくださいね。そもそも祠堂さんは本人から聞いたわけではなく勝手に調べて把握した内容ばかりですから。私なら気持ち悪くて鳥肌が立ちます。顔も見たくありません」
「うぐっ!」
雨下野の言葉が盛大に刺さり、祠堂は苦痛な表情となり胸を押さえた。
「き、気を付ける……」
「よろしい。では恋愛相談を受け付けましょう」
不適切な行動を諫めたので、雨下野が本来の話題に戻った。
「少しだけ状況が進展したようで安心しました。それで、私に聞きたいことはありますか?」
聖母のような柔らかい笑みを浮かべる。これは『ネタカモン!』のスマイルであった。
多くの人はこの笑顔に騙されて悩みというネタを提供してしまうのだ。勿論、祠堂も完全に騙されているためネタを提供する。
読んで頂き有難うございました。
次回は7/20更新です
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