第328話 内緒でする話
雨下野は小さく頷く。同意というよりは祠堂の真意を量っているような動作であった。
「最近の息吹戸さんの様子に違和感を覚えます。もちろん、こちらにとっては大変都合が良く心身穏やかに過ごせるため歓迎はしております。それについてはどう思われますか?」
祠堂は眉間にしわを寄せたまま、首を傾けた。人の往来を目で追いながら「ここでは気が乗らない」と呟く。
「気が乗らない……つまり私に何か報告があるんですね」
と雨下野はカマをかけてみると、
「っ!」
祠堂の顔が真っ赤に染まった。
戸惑いながらも喜んでいる雰囲気が伝わり、これは良い出来事があったと雨下野は察した。
ネタとして観察しているので彼の心境の変化は手に取るようにわかる。
雨下野は眉をひそめて、祠堂の肩をツンツンと指で押した。
「急にご機嫌になりましたね。息吹戸さんについて気になることがありつつも、喜びいっぱいでそれどころじゃないといった具合でしょうか?」
祠堂は手で指を払いながら「なんでわかるんだよ!」と低く呻いた。
雨下野は肩をすくめると、
「あちらの方に人がいません。小さな防音術も張りますのでそこでお聞きする。どうでしょうか?」
一つ向こうに建つビルを指し示す。
祠堂は無言で立ち上がると、指し示された方角に足早に向かう。喜びを隠すためにムッとした顔になっている。
雨下野はこっそりと笑いながら、後ろをついて歩いた。
ビルの裏に回り路地を歩く。
人が居ない事を確認した二人はスペースをあけて壁に寄りかかった。
雨下野が「お聞きしましょう」と見上げる。
催促するような眼差しを避けるように祠堂は斜め上を向きながら口元を手で隠し、間を開けてから小声で呟いた。
「賭けに勝った」
雨下野は驚きのあまり「うそ?」と本音を口にしてから、小さく拍手する。
「お見事です! 『クソガキ』から『男性』に昇格おめでとう御座います。それで告白は?」
祠堂の顔が曇ったので、雨下野は期待外れとばかりにため息をついた。
「土壇場で臆病風に吹かれましたか」
「ち、ちげーよ! その、言おうと思ったけど、腰に服巻いただけで裸だったし、章都に邪魔されたから」
「そういえば医療隊員がそんなこと言ってましたね。転化の影響で服が破けて裸だったと。そうですか全裸で告白をしようと……馬鹿ですか? 変態で下心満載と思われますよ。止めてくれた章都さんに感謝しなさい」
変態と言われて、祠堂の心に矢が刺さった。ダメージを受けその場にしゃがみ込む。
「賭けに勝ったのなら告白はいつでもできます。気を落とさないでください」
雨下野が一応フォローを入れると、祠堂は遠い目をしながら頭を掻いた。
「気落ちするさ……ファウストの現身は記憶喪失だから賭けのこと覚えていない」
雨下野はぴたりと動きを止めた。
「今、なんと……記憶障害を起こしている?」
祠堂はのろのろと立ち上がると、困ったように眉を下げた。
「ほら。ここ一か月……ゲンムトウビル降臨事件からあいつの態度が変化しただろ?」
「ええ。戻ってきたときに祠堂さんが怯えてましたものね。『優しくされて怖い、明日暗殺されるかもしれない』と恐れおののいていましたからよく覚えてます」
「忘れろ、いますぐ忘れろ!」
「気が向けば忘れることにします」
「それ絶対に忘れる気がないだろう!? まぁ、話を戻すけど、違和感はあったから俺ができる範囲で、異常がないか、呪いはないか、傀儡とか幻覚とかかかってないかとか。見かけるたびに調べていたが、なんの痕跡もなかった」
「私も何度もやりましたが、異常ありませんでしたね」
息吹戸の態度には疑問しかなかったため、雨下野も会うたびに自分ができる識別判定をしていた。特に何もヒットしないためますます疑惑が深まるばかりであるが。
「それで、業を煮やしてぶっ飛ばされる覚悟で本人に直接聞いたんだ。そしたら五年分の記憶がないと言ったんだ……初めましてと言われてしまったんだ」
祠堂の顔から色のが消えて、燃え尽きたような表情になった。
「そんな……」
雨下野の顔色が悪くなった。
記憶が戻ったら薄いBL本について小言がとんでくるかもしれない。回避するには口外しない旨をかいた契約書にサインをしてもらうしかないと算段する。
祠堂は雨下野が動揺していると気づいて驚いた。
彼女はきっと悪い方向に考えていると想像して、落ち着かせるべきか迷い、少しだけ手を右往左往させた。
「まぁ、お前の言いたいことは分かる。そんな状況とはいえ能力の変化はありえないよな。だが、過去に何度かこのレベルの記憶喪失はやってたし、あいつ変わってるから色々あるんだろうよ」
雨下野は視線を左右に揺らしながら、曖昧に返事をする。
「え、あ、そうですね。はい。能力の変化も気になりますが……それよりも重大なことが……」
「ほかに何かあるのか?」
祠堂が不安そうに聞き返すと、雨下野はハッと我に返る。
BL本の主人公モデルに気づかれてはいけない内容である。話を誤魔化すべく思考をフル回転させてから、スンとした表情になった。
「はい。記憶がなくて賭けの内容が曖昧になっていると知ったため祠堂さんが踏み出せないでいる。これは重大な問題かと」
「そこ!?」
話しが飛んでしまい祠堂が目を白黒させる。
「そこ関係ないだろ!」
雨下野は可哀そうな人を見るような目になった。
「関係あります。チャンスを利かしきれなくて残念に思います」
「……なんで雨下野が残念がるんだ?」
祠堂が訝し気に聞いてくるので、雨下野は憂いを帯びた顔になりそっと胸に手をあてた。
「あれは四年前の五体同時禍神討伐で上梨卯槌の狛犬本部討伐一課と共闘した時です」
「ちょ!?」
祠堂が驚きで目を見開くが、雨下野は無視して当時の出来事を語り始める。
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次回は7/16更新です
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