第326話 治療に連行される
小話1 賭けを語る祠堂と雨下野
禍神討伐を行うべく派遣されたアメミット禍神討伐本隊は、五十人でひと班の計六班である。
四方から結界内に侵入して中心を目指したが、穢の影響を受けないよう境界に穴を開けつつ進んだため、滝登りドームに到着した頃には禍神が虫の息となっていた。
祠堂を依り代とした第二の禍神降臨は、転化解除術成功により阻止することができた。
そのため本隊は、討伐任務から実況見分に内容を変え、述べ三百人以上が割り振られた内容に沿って調査を行うこととなった。損傷範囲は半径三.六キロ。現場検証は数日かかると推測される。
注意すべきは従僕である。一体残らず捕獲して治療もしくは処分しなければならない。アレらは環境に適応してしまうと天路民を攫い、子を残そうと躍起になってしまうからだ。
目撃の多さから従僕は百を超えていると判断。全て捕獲するまで結界を維持することが決定した。
禍神が降臨した現場及び、侵略で汚染された一帯を奔走している隊員たちの中を突っ切って、祠堂は火模露と班目、他隊員七名と合流した。
火模露と班目は傍にいた隊員に仕事を押し付けてから、こちらに近づいてきた祠堂の元へ全走力で駆け寄った。
「どこ行ってた!」
「どこ行ってたのよ?」
開口一番に怒鳴ると、
「行くぞ」
「行くわよ」
即座に祠堂の両腕を掴んで連行した。
「え?」
疲労困憊の祠堂はなす術なく引きずられてしまう。そのまま一番近い拠点であるバス停前の商業ビルにやってきた。入り口玄関は煌々と明かりがついており、怪我人がひっきりなしに建物を出入りしている。
「みこちゃんの治療を……」
玄関から中に入り、斑目が近くの女性医療隊員に声をかけた途端、数人の若い女性医療隊員が満面の笑みでこちらに駆け寄ってきた。狙いは言わずもがな、祠堂である。
「祠堂さん怪我していますね! こちらへ!」
「お疲れ様ですー! こっちで手当てしましょ!」
「ご安心ください、私が手当てしますー!」
女性に囲まれそうになると、祠堂はブンブンと顔を横に振って拒否した。ほぼ全裸ということもあり羞恥心が生まれる。逃げたかったが火模露と班目にしっかりホールドされてしまい動くに動けない。
「くるな! 男性医療隊員を呼んできてくれ!」
「照れない照れない。みんな男の全裸なんて経験あるわよ。ねぇ」
治療で見慣れているという意味であるが、班目の言葉足らずで変な解釈をされてしまい、医療隊員の頬に朱が広がった。
「ほら、服を着てしっかり休めよ」
火模露が腕を離して、持っていた服を祠堂に押し付けるように渡す。
「ま、まてまて! まって! 急いで服を着るので待ってください! 俺も被害状況の調査と従僕確保を行います! だから待ってくださいっ」
祠堂はすかさず火模露の腕を掴んだ。
縋る様な、必死な形相をみた火模露は鼻で笑う。
「お前はここで休めって」
「ここで休みませんっ!」
「功労者が何言ってんだ? 後の事は俺たちが全部引き受けるから」
「絶対に嫌だ! 一緒に行きます!」
服を持ったまま走って逃げそうな空気を感じて、火模露が、ぽん、と祠堂の両肩に手を置く。至極真面目な表情になると重々しく口を開いた。
「落ち着け祠堂。周りをよーくみてみろ」
真剣な眼差しに応えるように、祠堂は真面目に周囲を見渡した。手前は医療隊員たちが笑顔で横一列に並んでいる。後ろの方では治療の順番を待っている隊員たちが地べたに座っていて遠巻きに祠堂たちを眺めている。新人は尊敬のまなざし、熟練者は生暖かい視線であった。
「……見ましたが?」
祠堂が不思議そうに聞き返すと、火模露がニチャ……と卑下た笑みになった。
「イロドリミドリなんだから良いじゃないか。みんなお前の世話をしたいって顔に書いてるある。ご褒美だと思ってしっかり手当してもらえ。少々のお触りくらい大目にみてもらえるさ。はははは。羨ましいなぁ。ははははは」
あからさまに女性に囲まれてデレデレしろと言ってきたので、祠堂は目を丸くして絶句した。
「だっ!」
だからそれが嫌なんだと反論する前に、
「はいみこちゃんいってら!」
班目が祠堂を押して二人の医療隊員にダイブさせた。見事キャッチした女性たちは「はぁい」「お任せください」と爽やかに返事をしながら、祠堂の肩をガッチリとホールドする。
医療隊員だからと甘く見てはいけない。絡め技と絞め技は大得意である。
「ちょ!?」
祠堂が泡を食ったように慌てるが、火模露と斑目は爽やか笑顔で手を振った。
「じゃあ。しっかり英気養ってこいよ」
「みこちゃんのことお願いね」
医療隊員たちは「はぁい」と猫撫で声をあげながら、数人で強制的に臨時医療室へ連れていった。罪人のように引きずられる最中、祠堂が振り返って「後で覚えてろー!」と叫んで、通路の奥へ消えていく。
「……いや。治療しないといけないだろフツーに」
火模露が汗を浮かべながらツッコミするが本人に聞こえていない。聞こえたところで拒否する姿が目に浮かんで苦笑した。
「可愛い女の子ばっかり寄って来たじゃないか。男の夢だぞ。何が不満なんだか」
「うーん。男の夢はそれぞれだから。みこちゃんは何分ジッとしてくれるのやら。せめて治療が終わったから動いてほしいものだわ。不安でしかない」
班目は冷や汗をかきながら、張り付けたような笑顔になった。
「ねぇ火模露サン。めーちゃんを先に迎えにいっていい? みこちゃんはあの状況を最後まで我慢できないかもだし。腹いせで私達に嫌がらせするかも」
「……嫌がらせか。事務を全部押し付けそうだな仕返しとばかりに」
火模露が露骨に嫌そうな顔をする。
辜忌対策第一課では、借りを作ると事務作業を肩代わりすることが暗黙の了解になっていた。今回の禍神討伐の業務はきっと半分以上こちらで引き受けることになるが、仕返しとばかりに全て流すかもしれない。
「わかった。班目は雨下野さんを探していいぞ」
「やったー! 少しサボれるー!」
万歳と班目が喜んだので、
「よし俺が雨下野さんを見つけるからお前が従僕やってくれ」
と火模露が交代を提案した。
「行ってきまーす! あとはよろしくねー!」
そんな提案を飲むはずもなく、班目はさっさと出ていった。
火模露は逆を言えばよかったと後悔しながらトボトボと建物から出る。そして後ろを振り返り、医療隊員がバタバタ動いているのを見ながら、「ほんと贅沢だなぁアイツ」と羨ましそうにぼやいた。
読んで頂き有難うございました。
次回は7/9更新です
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