第322話 次に活かすために
礒報は作業の手を止めてファミレス席にいる章都と糸崎を眺めていた。眉間にしわを寄せた表情から、二人の心情が理解できないようである。
仕事をしてほしいという言葉を何度か飲み込みつつ入力作業を行った。
送信を押してから席を離れて、彫石のデスクに向かう。彼は東護と話しているので、「んん」と咳払いをして注意を向かせた。
二人の視線がきたところで、
「失礼します彫石さん。ライブで使われた機材の一覧は届きましたでしょうか?」
そう畏まりながら、座っている彫石と立っている東護の間に割り込むように立った。
彫石は観察するような眼差しを礒報に向ける。疲労が溜まっていると感じたが指摘はしなかった。代わりに、届いていると頷く。
「その事について東護と話していました」
彫石の言葉を受けて東護が頷いた。
礒報は東護の横顔を一瞥してから、彫石に顔を向けて意見を聞いた。
「このリストを見てどう思われましたか?」
「呪術具として使用された照明機材についてですが……」
と彫石が本題に入ろうとしたが、
「礒報、酷い顔をしているが大丈夫か?」
会話を遮るように勝木が割り込んできた。礒報の右隣、東護の後ろに立っている。
どうやらオフィスを一周して戻ってきたようである。
彼は暇を持て余しているわけではなく、長時間ジッとしているのが苦手なため一定時間を超えると歩きだす癖があった。
「何か栄養のあるドリンクでも買ってこようか?」
労いの言葉を聞いて、礒報が「はぁ……」と呆れが混じった声を出すと、
「いえ、大丈夫ですのでお気遣いなく」
不愛想な返事をしてから意識的に勝木を視野から外して、彫石との話に集中する。
「照明機材でなにか気になることが?」
「照明機材の光を浴びて転化したと書かれていますが……」
「ええ。食呪だけでは転化しませんでした。これは間違いありません。ですから、照明機材に詠唱の仕掛けがされていたと考えました」
ライブが終わるまで誰も異変がなかった。食呪単独では転化できないと考えるのは妥当である。
「……」
にべもない態度を受け、勝木がしょんぼりと肩を落とした。口を挟むと面倒だと感じて、彫石と東護は気づかないフリをする。
やや間を開けて、勝木はすごすごと自分のデスクに帰って行った。
「確かに、舞台に設置されていた照明機材に詠唱の仕掛けがあったのは間違いないでしょう。壊れた機材から魔法陣が発見できたと報告があがりましたから」
そして彫石が少し不可解そうに眉をひそめる。
「しかし一つ気になる点があります」
「気になる点……ですか?」
礒報が不思議そうに首を傾げる。
「魔法陣をどう解析しても簡略的な詠唱になります。これでは意味がないような気がします」
「簡略的……ですか? そう言われても……、光に触れたときに転化したのを目撃しましたが……光以外にほかに詠唱が流れていたとは思いませんでした」
彫石は首を左右に振った。
「上手く説明できませんが、『言葉が足りない』という印象です。照明機材を媒体にしているなら『音が足りない』と言えばいいのかもしれませんが」
「音が足りない……?」
礒報が復唱すると、
「だとしたら音楽機材も仕掛けがあるのでは?」
東護が口を挟んだ。
「それならば音が急に流れた理由も説明がつくのではないだろうか?」
礒報がパッと表情を明るくして東護に注目する。その目はハートが浮かんでいた。
「そうですね! 音と光が詠唱の代わりとして使用されたのかもしれません! それであの時急にライブ曲が流れだしたのでしょう! 素晴らしい着眼点です」
にこにこにこと笑顔を浮かべる礒報から、ふいっと東護は視線を逸らす。その表情は憂いに満ちていた。
現在、東護は和魂を扱う戦闘を禁止されている。
滝登りドームで事件が発生したときは、即座に医療職員に捕縛されて厳重封印室で軟禁されていた。
医療職員は強力な異常ステータスを発生させる能力者が多いため、一時的に戦闘職員を無力化できる。よって該当する職員数名が一斉に閉じ込められた。
「俺は戦闘に出れなかった。こんなことでしか役に立てなくてすまない」
東護は侵略に対して何もできなかったことで己の不甲斐なさを嘆いていた。少しでも役に立とうと彫石の仕事を率先して手伝っている。
「まぁ。まぁ。そんなことはありません」
と礒報が口元に手を添えてにやけているのを隠す。普段も姿も麗しいが、憂いを帯びて色気が増している姿も格別である。
「貴女も章都も津賀留も、無事に戻ってきてくれて良かった」
礒報は喜びをひた隠しにしながら「まぁ。まぁ。まぁ。そんな気にならずに」と労いの言葉をかける。
「ほかに気になったことがあればなんでも教えてください」
礒報が優しく促すと、東護は「ならば」と自分のデスクに戻り、報告書ページを出した。これは礒報が書いたものである。
「こっちに来てくれないか? この記録について聞きたいことがある」
「はい、どこについてでしょうか?」
二つ返事で了承し、足取り軽やかに礒報は東護デスクに向かうと、彼の左真横に立つ。画面を見るために少し前かがみになると、男らしい香りが鼻腔くすぐったので口元が緩む。
「ここの記載だが」
東護が画面を指し示すと、礒報は「そこはですね」と若干声を弾ませて受け答えを始めた。
「……東護め」
そんな二人のやり取りを、勝木が不満げな顔で見据えていた。ジッと、食い入るように見ても反応はない。次第に悲しそうにまゆ毛を下げて、深いため息を放った。
密かに展開される三角関係を目の当たりにした彫石は、これ以上話が進まないと感じ彼らと関わらないことにした。
しかし推測をするにも情報が足りない。
当事者で手隙の者はいないかオフィスを見渡すと、津賀留が目に止まった。
息吹戸と話しているので割り込んでも大丈夫だろうかと一抹の不安が過ったが、静かな雰囲気をだしているので意を決して移動する。
「津賀留、少々話をしても宜しいでしょうか?」
「はい!」
津賀留は満面の笑顔で頷くと、上司に合わせて席を立とうとした。彫石は手で制して隣にある端鯨の席に座る。
「禍神降臨の詠唱はどこから発生したのか。記録から推測を立てています。貴女の記載でいくつか聞きたいことがあります」
「なんでしょうか!」
質問をすると、津賀留は真面目に答える。次第に彫石の顔から険が取れてきた。
「なるほど。電源を抜いても動いていたと」
「はい。避難を最優先したため機材の確認は出来ませんでしたが、スタッフの方に確認したところそのような答えでした」
「最終曲がループしていたと」
「音響にブレやハウリングがありましたが、おそらくは」
「自動で繰り返された曲。たまたまなのか意味があるのか調べてみましょう」
彫石が穏やかな顔になっている。
癒されているのだと傍目で分かって息吹戸は失笑すると、腕を組んで目を瞑った。
(さて時間作って辜忌の末端について調べたいな。天路民でありながら異界に加担する者達、そいつらが集まって辜忌という組織を作っている。共通思想もしくは優生思想なんだろうけど。どうやって組織に加担するようになるんだろう。仕組みを突き止めたいし、できることなら解体させたい)
目を開けてオフィスを見渡す。
失敗を次に活かそうと躍起になっている職員たちの姿に頼もしさを感じて、息吹戸は微笑を浮かべた。
読んで頂き有難うございました。
次回は6/25更新です
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